第十三話:女神の陥ちた日


 クリスからの通信が切られた、丁度その時にそれは起きた。

「───何……!?」

 突然、背中に何かが貼り付く様な感覚を感じ、奈々は振り返った。見ると、九七式が伸ばした左腕からワイヤーの様なものが伸びている。

「……何を───」

 何をするのか、そう思ったその時、

『───繋がった!!』

 通信回線から、知らない様な知ってる様な声が響いた。

『あー、あー、聞こえますか?

聞こえたなら貴方の所属と階級を───』

「───接触通信か……!!」

 ようやく理解すると奈々は、九七式へと回線を繋ぎ直した。そして、

「……何ですか、いきなり……」

 怒気の孕んだ声音で奈々は問うた。それは自分に頭突きを噛ましのし掛かってきた奴の顔を拝んでやろう、という魂胆での行いだったが、

『───え……!!』

「……?」

 すっとんきょうな声が上がる。回線のウインドウを確認すると、奈々も同じ様な反応を示すことになった。

「貴方は……」

 声の主は先程、奈々が助けた少年だった。

 乗っ取ったのか?等と冗談半分に想像してみると、

『女、の子……?』

 それは驚愕、に近いのだろうか。少年は呟く様に反応する。

「……意外でしたか?」

『それは、まぁ……』

 普通に考えれば、厳つい亀みたいな異形の機械のパイロットが可憐な少女だったと知れば大抵の者は意外に思うであろう。少なくとも奈々は自分のことを可憐とは思ってないが。

 一度軽く咳き込んだ少年は、

『あの光線が、何となくですがわかりました』

 そう一度ワンクッション置いてから言葉を繋げた。

『恐らく、あれの正体は可視化する程に高密度に収束した超音波です』

「超音波?」

『……はい』

 凍豹牙が果敢に頭部50.0mm機関砲を放つが、やたら堅いらしい翼によって防御されてしまう。

『さっき飛んできたあれが木を

高出力のビームだったら熱量で先に着火していても可笑しくはありませんから』

「それで、正体が分かったところで何か対策はあるんですか?」

 淡々としながら、それでいてどこか得意気を感じる発言をした少年に、奈々は再度問う。

『正直、超音波であることとは関係ないのですが……一応ある分には、あります』

 それを先に言え、と言いたくなったが、口に出す前に『ただ……』と先に言葉を繋げられる。

『確証はなくて……ほとんど賭けみたいなものです。

……それでも、構いませんか?』

 奈々は少し考えたが、それに頷いた。すると少年は少しはにかみ『……分かりました』と応じると、簡潔に作戦を伝える。

『僕が囮になって、奴の超音波攻撃を誘います。

その隙を狙って、あの火球をあいつに放ってください』

「貴方、いきなり死ぬ気ですか!!?」

 食い気味で、奈々は怒鳴る様な口調で問い返してしまう。

『確証はない、とは言いましたが……』

 そんな彼女に、少年はそう言いつつ自分の考察を述べていく。

『奴の超音波攻撃は確かに強力ですが、反面で数秒……下手したら十秒以上は予備動作に時間がかかる様に感じました。

恐らく、発射する前のあの騒音は溜めチャージをしている音なのでしょう』

 言われてみれば、確かにそれで納得できてしまう。

『さらに、あの攻撃は途中でキャンセルが利かないみたいでした。

溜めた分を撃ち切るまで照射し続けないといけない、のかな?

先程も、一瞬くらいは止めてましたけどほとんど続けて撃っていた様に見えました』

 次に続いた意見も、無視できない。

 それを踏まえると、先程彼が提示した作戦はこういう解釈ができる。

『彼が超音波による攻撃を誘い、無防備になったところを砲撃で始末する』

 そういうことだ。

「貴方、まさか今の一撃だけでそこまで……」

 唖然としている奈々が困惑混じりで問いかけるが、言いかけたところで少年は『そういうわけで───』と叫びながら、操縦桿を操作し始める。

「───ちょっと……!!?」

 奈々が言い出すより先に、後ろの九七式は砲撃を始めた。

「……やるしかないのか……」

 愚痴りつつも、奈々は、

「……まぁ、その方が好都合か……!!」

倒すべきぶち壊したい敵を倒せるぶち壊せるなら、と覚悟を決めることにした。


 翼竜型が対面する山林から、翼竜型へ向けて一輝は砲弾を放つと、それを飛翔して回避した翼竜型がそこから蹴りを入れる様に急降下してきた。その翼竜型へ向けて、一輝は九七式を飛び出させる。

 幅跳びの要領で急降下する翼竜型の下を擦れ違う様に回避すると、着地するなり向き直らせ、頭部機関砲と灰儘を放ちながら蛇行し後退しつつ対岸の山林へと隠れた。

「───まだ撃ってこない……」

 放たれた弾丸が翼膜によって無力化され、落下していく様を見ながら、一輝はふと呟く。

すると、

「一輝」

 後部座席サブシートから名前を呼ばれ、軽くそちらを振り向く。

「降りて良いか?」

「……何をやる気だ?」

 見てやると透は小銃を携えていた。

 三八式5.56mm機関小銃。八九式小銃と同系統でありながらそれより軽量化に成功したことで取り回しにも優れた突撃銃だ。さらにその銃身下部にはグレネードランチャーまで搭載されている。

「……まぁ、何となく想像はできるけど……」

「察しが良いのは助かる。

……が、良いのか悪いのか───」

 言いかける透に、一輝は答えた。

「ハッチを開けて五秒以内に出られるなら」

「うい」

 答えが返ってくると、一輝はすぐさまにハッチを解放する。

「行って」

「言われなくても」

 飛び降りた透は受け身を取り着地するなりすぐさま行動を開始し、その姿を確認した一輝は宣言通り五秒でハッチを閉じた。


 下ろすなり九七式はすぐにハッチを閉じたかと思えば、すぐに木々を掻い潜って移動していった。

「一輝の奴……」

 変わらないな、と一人想いながら、透は九七式一輝とは逆方向へと走り出す。

 走りながらも、透はグレネードをランチャーに装填する。

 弾種はASアンチセンサースモークグレネード───特殊な薬品によって煙幕を発生させる上、粒子状のチャフを一緒に散布することで索敵機器を妨害することができる代物だ。これにより、兵士の視界とセンサーによる索敵を同時に妨害が可能となる。

 恐らく何かしらのセンサーの様なものを搭載して索敵しているのであろう、と想定できる機壊獣が相手でも効果はあるかもしれない。

 コッキングし、いつでも放てる様にしたところで、

「───ッ!!」

 丁度居た地点が、翼竜型の真横に確認できる位置に辿り着いていた。そして丁度その時、奴は下腹部の装甲を展開していたのを透は確認していた。


 林の中から飛び出しさらに射撃しようとしたその時だった。

 くぱぁっ、と中々に気味悪い音を立てて、下腹部の装甲がハッチの様に開く。

「───っ!!?」

 そしてそこから、小ぶりの蟲型機壊獣が何体も現れた。

「まさかあいつら……」

 先刻、自分ともう一人の女性を襲ったのはこいつらだったのか。そう思ったことを、即刻頭の片隅に退ける。

「これはちょっと……!!!」

 予想外の展開に驚愕こそするが、

「……だけど───これでっ!!!」

冷静になりながら、一輝はある装備を使用する操作を行った。

 直後、それのある大腿部外側の装甲が競り上がり、そこからいくつもの炎の玉が立て続けに放たれた。

 フレア───本来は多量の熱と赤外線を発することで熱赤外線センサーを欺瞞する為のデコイなのだが、射出したそれらが対空機銃の弾幕の如く蟲型を撃ち落としていく。

 丁度そこに、何かが翼竜型の目の前に放り込まれた。翼竜型の眼ほどのサイズしかない、円筒状のもの。それが、顔面の前で炸裂し、煙幕を形成した。

「スモークグレネード……透か!!」

 ただの煙幕ノーマルスモーク妨害付きアンチセンサーかは定かではないが、視界の妨害には成功しているらしく、翼竜型は煙を払おうとした。

 そこへと、一輝は灰燼を起動し立て続けに射撃すると、無防備に開かれている腹の中へと弾丸は吸い込まれていった。


───ギェァァァッ!!?───


 そして、内部で小さく爆裂し、下腹部から黒煙が湧き出てきた。

「内部に引火したのか……?」

 怯んだ様にも見えたが、流石は機械ということか。次の瞬間には特に気にすることもなく二足歩行に戻る。

 否、明らかに変わったと思えることが一つ。それは、翼竜型アイツ九七式一輝に対しということだ。もっとも、殺意というよりはかもしれないが。

 今この瞬間、翼竜型は九七式に向けて、口を開いたのである。


「───今です!!!」


 その一吠え一声に、奈々は応える。


 甲王牙は、両脚脹脛部に装甲ごと装備された小型固定脚を展開し、パイルバンカー式の固定具ペグを地面に打ち付けることで、砲撃の反動を抑制する準備が既に整っていた。


烈熱ブラストォ───」


 次の瞬間には、一喝と共に轟焔を纏った榴弾が甲王牙の口部より放たれるであろう、その時である。

 それが放たれるのと同時に、翼竜型は回避すべく飛び立とうとした。


 だが、それも無駄に終わる。


「───!!!」


 奈々はそれに気付かなかったが、一輝は気付くことができた。


 いつの間にか翼竜型の後方から接近していた紅い騎甲戦車が腰部からワイヤーアンカーの様なものを射出し、拘束していたからだ。


 その上、誰か───恐らく透だろうと一輝は察することができた───が投擲した小さな円筒状のものが山なりの弾道を描いて翼竜型の顔面付近に接近し、その直後に大量の煙幕を展開する。


 これで視界が潰され、完全に回避も迎撃も不可能となった。


「───焔咆エアァッ!!!」


 そして、その時は訪れた。

 その機体の土手っ腹に、甲王牙が大きく開いたアギトから放たれた烈熱焔咆紅蓮を纏う砲弾が吸い込まれ───


───盛大に拡散した爆焔が機体を舐め焦がしていった。


 断末魔を上げることも無く、翼竜型は沈黙する。

「───やったか!!?」

 誰かが言った、ある種の禁断の呪文。


「いや、まだ───!!」


 直前でそれに一輝は気付いた。


 火刑に処される咎人の如く、業火に焼かれたその異形は───仰向けに倒れた状態のまま、突然頭部だけ正面を向く様に動かし始める。そして、


───キィィィィィィィィィィィィィィィンッッ!!!───


 そのまま、甲王牙に向けて超音波の奔流を放ったのだ。

「───しまった───!!?」

 完全に意表を突かれた奈々は、地面に刺さったパイルによってろくに動けず、そのまま翳した右腕に超音波攻撃ビームを受ける。

「───ぁああぁぁぁっ!!!」

 オリハルコン製ではないその前腕部装甲はいとも容易く切り裂かれ、緑色の潤滑油が血のように吹き出した。そして、痛覚共有によって奈々も右腕に激痛が走りコクピット内で絶叫を上げながら悶絶する。

「……くっ、そぉ……っ!!」

 油断した、だがそれによって高まった怒りがPEISリアクターの出力を上げるとは何という皮肉か。

 裂かれた腕の傷を押さえながら、奈々は再度烈熱焔咆を放つ。

「烈熱───焔咆ァッ!!!」

 その一撃は頭部を破砕し、今度こそ、厄災の女神は沈黙した。



 現在の時刻は午前八時を少し過ぎた頃。

 時間にするとたった二時間の戦闘であった。


 撃破したとほぼ同時に、司令部との回線が繋がる。

『───繋がった!!?

繋がりました!!!』

『やっとか!!!』

 全く意図せぬタイミングでオペレーターの歓声と渚の突っ込みが上がり奈々は「あれ?」とすっとんきょうな声を上げてしまう。

「司令部から通信なんて珍しいね」

 意外だった、というのが一番大きい。任務更新くらいしか司令部とは滅多に通信することがない。任務更新か、と一瞬身構えたが、

『心配になったから通信を試みたんだが、滅多にやらないから回線アドレスを忘れてたんだよ』

『すみません奈々さん』

「あぁ、そう……」

 理由があまりに阿呆過ぎて、奈々は言葉を失ってしまう。


 短い会話の間、ほのぼのとした空気が流れるが、それももう途切れていた。


 めらめらと燃える翼竜型を尻目に、甲王牙は国防軍機達を睨み付ける。


 まだ、警戒は解いていない。

 そんな中、


『先に手を出したのは済まなかった』


 八九式に搭乗するらしい男が、スピーカーを用いて甲王牙へと声を掛ける。音源に気付いたのは、音声のベクトルと八九式自身の挙動からだったが。

『今の声───!!』

 通信越しに、美優が驚愕の声を上げる。聞いてみると知り合いだったらしい。何とも印象に残りそうな名前だという感想を抱く。

『今、君らと接触した隊員から通信があった。

君らが人間であることが分かった、その上で君らは何らかの理由で機壊獣と敵対していることも今の戦い振りで察した』

 ゆっくりだが少しずつ、甲王牙へと近づいてくる。右脚の膝辺りが壊れかけているのが確認でき、あまり速度を出せないと同時にこれ以上戦闘する気がないことを察せられる。

『だが、どうしても分からないことがある。

先程の無礼は申し訳ないが、君らが何者なのか我々に教えてはくれないだろうか』

 そう言う八九式へと、甲王牙も自ら踏み出すことで歩み寄る。

『おい奈々、罠かも知れない』

 クリスが忠告するが、奈々は「大丈夫」とだけ返す。

 そして、八九式と甲王牙は腕を伸ばせば届く距離で向かい合う。


 奈々は甲王牙に左手で八九式の肩へと掴ませる。

「接触通信───回線オープン」

 音声入力により回線が開いた。

「一つ確認してよろしいでしょうか」

『……どうぞ』

 パイロットの性別についても聞いていたのか、女性であることに特に動揺はなかった。だが、

「貴方が槌出内 幸人ゆきと三等陸尉で合っているでしょうか?」

『───何故俺の名前を……っ!!?』

 質問に対しての反応は、明らかに動揺しているのが分かる。

「今、貴方の知り合いを本拠地にて匿っております。

彼女の身柄の引き渡し、もですが……我々の組織についてもそこで説明したいと連絡を受けております」

 言いながら奈々は思考操作により司令部の位置情報データを通信相手へと送る。

「そこが待ち合い場所です。

後、一部が中々に狭いのでメンバーは今ここに居る人達だけでお願いします」

 そこまで言うと、奈々は「私は先に帰りますので」と付け足して機体の手を退かす。

 そして、頭部・四肢・尻尾を格納してすぐさま超電磁推進器四基を最大出力で吹かして天高くまで上がっていった。


 空中遥か高い位置で一度制止し、すぐにゆっくり回転していたかと思うと段々速くなり、風斬音を響かせながら高速回転しだす頃には、彼女はすぐさまどこか彼方へと飛んでいってしまった。

 一度最後に一瞥してきた蜥蜴型の機体も、後を追う様にどこかへと走り出す。

「やれやれ……」

 ぼやきながら、転送されてきたデータを確認して、

「ここって、まさか……」

 槌出内はそれに気付く。


「藤間重工……」


 そこは日本共和国でも有数の企業の、今は使われなくなっているはずの廃工場だったはずだった。

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