第十二話:厄災の根源
「木曽山脈付近一帯に地震発生!
マグニチュードは推定で4.5、震源不明!」
「地震だと!!?」
その情報はディサイア司令部にも届いていた。
「震源───っ……うそ……!!?」
特定できたらしいが、その結果にオペレーターは唖然としている。
どうした、と短く問いかけると、恐る恐ると言わんばかりにオペレーターは答えた。
「……震源は……玲子さんの居る反対側の山の中腹部です!!!」
「何だと……!!!」
「衛星及び付近の監視カメラの映像、出ます───っ!!?」
言いかけたオペレーターは、映し出されたその光景に驚愕し、言葉を詰まらせた。
渚、美優もそれを確認し、ほぼ同じ反応を示す。
「───き、機壊獣っ……!!」
「……しかも、こいつは……!!」
美優の表情は青ざめ、渚は驚愕の他に何か別の感情が浮かんでいる。
「奴の解析を急げ!!!」
「もうやってます───出ましたっ!!」
最も効率化された最小限の動きで、オペレーターの指はキーボードを高速かつ精密に操作していく。そんな彼女へと渚は命令するが、オペレーターは言い終わるより先に、既に結果を出していた。
「既存データ比較───
計測波形パターン、ほぼ一致───間違いない……!!」
一人ごちりながらも、オペレーターは答えた。
「
「───やはりか……!!」
応じながらも渚は、画面に映る機壊獣を食い入る様に睨み付ける。
「……あの、キマイラマシンって───」
聞き慣れない単語が出てきて、美優が問い掛けたが、それに答えたのは渚ではなくオペレーターだった。
「自身の
「───製造、プラント……!!?」
それを聞き、美優の表情が青ざめる。
「……エリス程度なら産み出せるのは精々小型級が限度だ。
凍豹牙の
「……データのスペック通りなら、背面装甲及び頭部装甲が異様に硬く、翼膜も高周波微振動により実弾がほぼ無効化されますから……」
「奈々の
どこか鬱屈する様な眼差しを一瞬だけ見せたが、すぐに渚は画面を見やる。
その表情には何が込められているのか、少なくとも今の美優には察することができなかった。
辺りを強烈な震動が襲い掛かる。崖という表現が相応しい急斜面の山肌、そのあちこちから震動に耐えられずに倒れた古木や大小の岩石がいくつも転がってくる。
「───地震……じゃないわね───!!!」
それは、谷の上に居る玲子も感じている。ついでに言えば玲子と通信するディサイアの司令部も地震の情報をキャッチし、その上で今地震の様な現象が起きてることを通信による音声でだが知覚している。
そして、
「───っ!!!」
彼女がいる側とは反対側の谷の壁。そこから一際大量の土砂を崩し、山肌を引き裂きながら、
それは腕と一体化した翼を一度広げると、数回羽ばたく様に動かしたかと思えばまた閉じた。
「───あれは……」
巨大な鳥、というよりかは
鉄錆の様に赤茶けた色をしている、機械仕掛けの巨大な翼竜。その頭部上面は鏃か、はたまた尖らせた若葉マークの様にも見える変則六角形型をしている。一般的によく知られる鳥の様だった鳥型の頭部とは似ても似つかず、その姿はとても生物的な
それでいて、だ。
彼女はその異形の名を知っていた。
エリス───とある地に伝わる神話の不和と厄災の女神の名を冠する、複合機壊獣。そのうちの一機だ。
双眸を
───ギュョアアアァァァァァァァァァァッ!!!───
産声を上げる様に、それは
『───こいつは……!!?』
「…………!!!」
奈々と通信しているクリスも、その姿へ見入り驚愕している。一方で奈々は、その姿に唖然としていた。
驚愕ではなく唖然。その
「…………っ!!!」
無意識から意識下に自己分析された結果が示されたとき、奈々は肢体の震えを認識する。
「……嫌な、感じ……」
口に出せば楽になると思った。だが、やはりそう上手くいくわけが無く、あまり変化はない。
あの頃とは違う
今の自分には、
「……行くよ……───」
不意に、PEISリアクターの回転数が上がった気がした。
「───甲王牙ぁっ!!!」
振り切る様に放った一喝と共に、翡翠色の眼が一際の閃光を放つ。
さながら高みから見下す様に、睨みを利かせる翼竜。その赤紫色の眼と、
『Ghah↑ra↓ra↑ra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』
───ギュョアアアァァァァァァァァァァッ!!!───
片や曇り無き蒼穹へと、片や入り組む谷底へと放たれた轟咆。
それが、開戦の狼煙となった。
「
先手を取ったのは奈々だった。
「───
開戦早々に
───ボヒュゥゥゥンッ!!!───
圧縮された熱気が放散すると同時に熱気で空気中の
通常状態で発射される場合と違い、砲弾を包む火焔が空気との摩擦に対し潤滑剤の役割となり、また咆哮を応用した圧縮空気が後ろから砲弾を押し出す為に加速力と飛距離が大幅に向上する、というのが烈熱焔咆の原理だ。
そうして放たれた榴弾は通常の倍近い初速で飛翔していき、
───ギョァァァアアアァァァッ!!!───
「───ッ!!!」
翼竜型は腕と一体化した翼を掲げると羽撃たかせ、飛翔した。その直後、紙一重より余裕で避けられた榴弾が、先程まで翼竜がいたところを穿ち爆焔で地肌を抉る。
そして───多分偶然だろうが、翼竜型は奈々を煽る様に着弾した位置より少し上の辺りに着地する。
「クリス!!!」
『おうさぁっ!!』
奈々に短く応えると、凍豹牙の背部両側面に計四十八基備わったハッチが開いた。
『持ってけ───!!!』
クリスの咆哮と共に、開いた中にあるもの───88.0mm曲射式対地制圧砲 計三十門が一斉に砲撃を開始し、黒い砲弾が各所より一発ずつ放たれる。
ほぼ真上だがやや前方向寄りに放たれたそれは緩やかな曲線を描きながら飛翔すると落ちる途中で小さく爆ぜて散弾を放つ。そしてそれらはさながら天気雨の如く翼竜型へと降り注いだ。
だが───
『───チッ……!!!』
振るう様に動いた翼で払われた散弾が弾かれる様に無力化され、翼竜型の周りにだけ散弾は突き刺さった。
「…………?」
その時、ふと奈々は翼竜型の挙動が気になり釘付けになる。
直立しこちらを睨んだまま、口を開いたのだ。
そして───
───ィィィィィィィィィィィィィィィ───
『───何だ!!?』
「───ぐっ……!!!」
突然、耳鳴りの様な不快を通り越して痛苦な程の甲高い音が鳴り渡った。
「耳、が……!!!」
その間に、翼竜型の口部に陽炎の様な揺らぎが発生したかと思えば、段々とそれが光が発生する様に色付いていく。
そして───
───キィィィィィィィィィィィィィィィンッッ!!!───
───山吹色の輝きを帯びた光線の様なものが開いた口部から迸った。
「───なっ!!?」
『───ビーム兵器!!?』
それが避けるべくしゃがんだ甲王牙の背面をかする。
「───あぁぁっ!!?」
『───奈々!!?』
正面から左肩付近に直撃し、鱗状の特殊金属製装甲に阻まれた光線が火花となって弾け飛んだ。そしてその衝撃で甲王牙はバランスを崩し転倒する。
「───痛ぁ……!!」
立て続けに翼竜型は凍豹牙へと光線を放つ。
『───
前後脚の超電磁履帯を展開し、クリスは凍豹牙を後退させると、先程まで居た位置が豪快に抉られた。
『なんっ
後退しつつ右側の崖に向けて一度跳ね、抱きつく様に岩肌にぶつかると、追撃でやってきた光線を壁キックの要領で再度回避する。そしてこの時に回避した光線は遥か後方にいた八九式のライフルの弾倉を射抜き、装填されていた榴弾を暴発させた。
『……凍豹牙の機動力でもギリギリだぜこりゃ!!!』
はぁはぁと息を切らせるクリス。元々高機動型に調整されていた凍豹牙はPEISリアクターの重力緩和効果の恩恵もあり重武装化された今でも高い機動力を維持できていた。それでも紙一重で避けるのが限界な程、精密に翼竜型は攻撃を仕掛けてくるというのだ。
パシュゥンッという音を短く立て、翼竜型は光線の照射を止める。
「……クリス」
倒れた甲王牙を起き上がらせながら、奈々はクリスに呼び掛ける。
「あいつ、どうやったら倒せるかな……!!」
『……知らん。
散弾は無効化されるし、おまけにビームなんて使いやがると来た……!!』
「……凍豹牙にも光学兵器無かったっけ?」
『対生物用だよ!!
八九式の紙装甲でも防げるわ!!』
言い合いながらも、二人は目の前の翼竜型を睨み付ける。
後方では、八九式が片膝を着いていた。弾倉を撃ち抜かれ暴発したライフルはその足元に落としている。
「槌出内三尉、ご無事ですか!!?」
『えぇ、何とか』
真弓の問いかけに肯定と答えるが、八九式は未だ動こうとしない。
「まさか駆動部を……!!?」
『……多分そのまさか、ですね……』
見てやると、右脚の膝部がスパークを起こしていた。
無意識に操縦桿を握る手が力み、対物刀を携えるマニュピレーターも柄を握り締める。
「貴方は一度後退してください。
……最悪、私が殿になります」
『冗談言わなくても、援護くらいはしますよ』
言いながら、槌出内はバックパックから新たなライフルを取り出してそのまま構える。
「……そんな機体で───」
『囮くらいには成れますよ』
「───っ……!!」
照準を合わせたのか制止し、
『……何だ!!?』
まもなくして槌出内は驚愕の声を上げて、構えを解いた。
翼竜型が対面する山林から翼竜型へ向けて砲弾が飛んで行き、それを飛翔して回避した翼竜型がそこから蹴りを入れる様に急降下していく。その翼竜型へと、林から何か巨大な影が飛び出していった。
「伊井戸三尉……」
透の九七式、のはずである。幅跳びの要領で急降下する翼竜型の下を擦れ違う様に回避すると、九七式は着地するなり向き直り、頭部機関砲と灰儘を放ちながら蛇行し後退しつつ対岸の山林へと隠れた。
「いや、でも……今の……」
彼女の知る透の動きではなかった。それと同時に、真弓の中で何かが引っ掛かる。
「あの動き……どこかで……」
妙な既視感を感じていたのだ。とはいえ、その既視感の正体は数刻の後に知ることになるのだが。
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