第十一話:凍てつく牙持つその異形


 その描写は、時間が数刻前に遡る。


「~~~♪」

 愛機のコクピットに座っていたクリスティーナ・ガルシアスロワは、ウィンドウを開き音楽メディアを聞きながら、それを鼻歌として奏でていた。

すると、

『クリスちゃーん!』

 突然、何の拍子もなく通信が入る。

『降りてこないのー?』

 その声の主は機体の外にいる、整備士を勤める一人の少女だった。

「降りんのは基地に帰ってからな」

 そう返すと、クリスは俯き気味になりながら自分の左脚を覗きこむ。

 スーツで隠れているのだが、意識を向ければそこが未だに疼くのだ。

「……どうせこんな脚じゃあな……」

『車椅子ならあるよー!』

「───余計なお世話だッ!!!」

 思考が嫌な方向に進みかけたところで、一転して他愛もない話になる。だが、

「───!!?」

 突然届いた電子メール───正確にいうと文書データ形式の暗号通信によって、それが中断された。

「……甲王牙が国防軍から攻撃を受けたぁ!!?」

 読み終えるなり、「───ったく!!!」と短く毒づきながら機体のメインシステムを起動させる。

 機体の主機PEISリアクターは既に起動してある為、全周囲型オールビューメインモニターだけ起動し機体の安置された空間が投影される。

わり未来ミライ出撃口ハッチ開けてくれ!!!」

『はーい』

 未来と呼ばれた少女が、間延びする様な口調でクリスに応えると、オールビューモニターに映った金属だらけの光景が開けていく。

 走行中の大型トラック。それも国内の車道ではやけに広い高速道路すらギリギリで通れるだけしか猶予がない程の巨大さを誇るそれのコンテナが開き、鎮座していた彼女の愛機が朝焼けに晒される。

『気をつけてね』

「おう」

 その途端、彼女達を乗せるトラックがまるで空気を読むように道の左側に沿い止まる。実際、緊急で出撃するということを未来が運転手達に伝えてくれていた為だ。

 その様を見てなのか、周りの乗用車がパニックに陥る様にそれぞれ停車し、何人かが自身の光景に信じられずに車から出てきている。そんなのを気にもせず、否、良い気味とばかりに機体を起こした。

「行くぞ───凍豹牙とうが!!!」

 銘を呼ばれた異形の機獣彼女の愛機は、彼女に応える様に瞳を輝かせ、

『Pa↑aaaaaaaaaaaaaaaaaaahhhhh↓!!!』

 甲高い咆哮を上げると、トラックから跳躍し高速道路の壁を飛び越えた。



 睨む様な視線を奈々は異形の機械凍豹牙より向けられている。

「前に見たときはそんな姿じゃ」

『そりゃあアタシに合わせて何度も改修加えてるからな』

 その一方で、画面越しの奈々に対し不敵な笑みを見せるクリス。

『……んで───』

 話を切り出すのとほぼ同時に、凍豹牙が横───国防軍機の方へと振り向く。

 そして、


『あいつら片付ければいいのか?』


 先程までとは打って変わって、殺気立つ様な姿勢をクリスは見せた。

「───それは……!!!」

『大丈夫だ、汚れ仕事には慣れてる』

「そうじゃなくて……!!!」

 画面越し、それもウィンドウだけでないメインモニター越しですら奈々に伝わっていた。クリスは今、完全に殺る気である。

「今、国防軍を相手するのは部が悪い!!」

『部が悪いぃ?

───へっ!!

ならディサイアうちらに手ェ出したのは誰が落とし前付けるってんだ!!』

「ここで彼ら国防軍と敵対したら私達ディサイアは余計活動し難くなるわ!!

感情に任せて行動するのにも限度ってものがあるのよ!!」

『ケンカ吹っ掛けてきたのはアイツらだろーが!!!』

 あくまで穏便に済ませたい奈々と、やられた分はやり返したいクリス。二人が睨み合いが始まってしまう。

『あの、聞こえますか』

 そこに、甲王牙の掌に抱えられていた少年が囁いた。

『……筒抜けなんだよ───』

 次の瞬間、凍豹牙の大顎が開き、そこからカメレオンの舌の様なものが凄まじい勢いで放たれた。

杭槍管舌パイルホース───凍豹牙の武装の一つだ。

 時速70km程のスピードで放たれる棍棒の様なそれによる一撃は、対機械ならともかく生身の人間が喰らえば堪ったものではない。

「───駄目───!!!」

 咄嗟に叫びかけた、その時、

『…………』

 パイルの先端が少年の額の寸前で止まる。


「…………」


『…………』


『…………』


 僅かな沈黙。


 それを破ったのは。


『…………ハッ』


 クリスだった。

 少年は微動だにせず、それどころかほとんど表情すら変えずに凍豹牙を見ていた。

『……動かねぇどころか、驚きもしねぇとはな……』

 ぼやきながらも、クリスは杭槍管舌を少年の眉間へと突き付けている。

 その時、


『あなたもこの機体の味方なんですか?』


『……あ?』


 それまで無言を貫いていた少年は少し微笑み、口を開いた。



「───ってぇ……!!!」

 完全に光を失った狭い空間の中で、伊井戸 透は呻いた。

『システムが復旧しました』

 そのメッセージと共に機体が再起動され、メインモニターに光が灯る。

 仰向けで倒れた機体を起こすと、何やら何時ぞやの獣型に似た機械の獣と亀型が睨み合っていた。

 距離は600m近く離れている様だが、九七式に搭載されている電磁加速砲なら狙撃するのは容易い。

 そう思い、得物を構える。すると、

「……っ───!!!」

 覗いたスコープに、人影が映る。

 それは亀型によって手に抱えられていた。

その人影に、透は見覚えが──────あった。

「───一輝!!?」



 巨亀の掌の上で、一輝は二機の異形へと名乗る。

「僕は物部 一輝。

玲子・杉野谷・メイトリクスさんから、ディサイアについて少しだけ話を伺いました」

 二機とも、動きはない。

 故に、特に動じることもなく一輝は言葉を続ける。

「途中で乱入されてうやむやになってしまいましたけど……多分、スカウトされたのかなって思います」

 だが、そこまで言ったところで一輝は言葉につまり始める。

「えっと……」

 ここから先に言うべき言葉が、見つからないのだ。

 自分を仲間に入れてくれる様にいったところで素直に受け入れてもらえるとは思えない。それ以前に、彼自身そこまで組織のことを聞いていた訳ではない為、このまま「仲間にしてください」と言って受け入れられても納得がいかない。

 どうしたものか、と一輝は頭を二、三度掻く。のだが、

「───っ!!?」

 ふと視界にそれが入った。

「───チハ……!!!」

 かつての愛機だった九七式チハが、物凄い勢いで接近してきている。

 気づいたのか、亀型と蜥蜴トカゲ型───少なくとも一輝はこう表現することにした───がそれに対して振り向く。

 蜥蜴型は口から伸ばした何とも形容しがたいものを仕舞い込むと、開いたままの口から白い霧状のものを吹き出した。それは収納され鏃の様な頭を覗かせたその先端から出ている様にも見える。やや上向きに放射していたかと思えば、蜥蜴型はそのまま後退を始め、地面に霧状のものが降りかかりそこらを白く染める。

 それを振りかけられた九七式は突然スリップする様に、先程まで蜥蜴型がいた辺りの位置に転倒した。

「───っ!!!」

 亀型の掌から腹を伝い、脚に一度足をつけるとそこからジャンプし、一輝は地面に降り立つ。

 だが、その時

「───冷たっ!!?」

 着地の時に白いものが降りかかった部分に手を付いてしまい、あまりの冷たさに思わず飛び上がりかけたのだ。

 それと同時に、白い霧状のものの正体が、おおよそではあるが察することができた。

 手が触れた部分が綺麗に、さらに段々と白い部分が消えていく。

(冷凍した物質……いや、違う)

というよりみたいだ……」

 呟きながらも、一輝は転倒した九七式に向かう。

 亀型が驚いた様な素振りをした気がしたが、気にすることなく九七式に近づき、立ち上がるべく方膝立ちになった機体のコクピットハッチにまで手をかける。

 一輝の姿が目に入った為か、蜥蜴型は白い霧状のものの噴射を止めていた。

 九七式のコクピットハッチを守るブロック構造式胸部装甲の左側面側にある一ヶ所のブロックには、メンテナンス用と緊急時パイロット救出用を兼ねたパスコード式の解除キーがある。

 装甲の隙間から指を通し、フックを下ろすと装甲に埋め込まれた小さい小窓が開く。その中に0~9までの数字がかかれたキーボードが入っている筈だ。開くと、案の定それがあり、一輝はコードを入力する。

「変更されてなければ……」


0312


 そう打ち、一輝はエンターキーを押す。

「───開いたっ!!」

 カチッ、という音が鳴り、次の瞬間にはハッチが開いた。

「───何だ……!!?」

 パイロットとされる誰かの驚く様な声が響いた。その中へと一輝が入り、

「───っ!!?」

「───……っ!!」

 その中に居た、パイロットと目が合った。


「……一輝……!!」

「……透……?」


 ほぼ同じタイミングで、二人は互いが向かう者の名を口に出した。


 その時である。

「───っ!!?」

 ゾッとする程の気配を感じ、一輝は唐突に振り向く。

「……何だ……今の……」

 こちらを覗く亀型と目が合う。だが、それではない。

 強烈な、気配。そうとしか言い表すことができない何かを、一輝は感じている。

「……あの時と、同じ……?」

妙な既視感を覚える。その時、

「───っ!!?」

それは起こった。


 透の九七式チハが再起動して立ち上がったかと思いきや、声をかけさせる暇もなく九七式は亀型ともう一体の新型の方へと駆けていった。

「ま、待ちなさい伊井戸三尉!」

 いきなりのことに戸惑いながらも、真弓は三式チヌを疾駆させる。一方の槌出内は八九式を特に動かさなかったが、背部に搭載されたバックパックユニットから二二式70.0mm小銃型機関砲を取り出すと弾倉交換を始めていた。

「槌出内三尉、伊井戸三尉を───」

 言い始めの頃には既に、爬虫類姿の新型が吐き出す様に散布していた白い霧の様なものを浴びた九七式が転倒していた。だが、

『具申します、二尉』

言いきる前に、槌出内によって割って入られる。

『……鳥達が飛んでいる』

「は……?」

 その一言に一瞬何のことかと理解できずにいたが、

「───ッ!!?」

ふと空を見上げ、その光景にゾッとした。

 大量の鳥───それもスズメに似た小鳥だけでなく、ツバメ、カラス、トビなど、彼女は鳥の種類に大して詳しくなかったが彼女が知る種類がその中にはほとんど存在しており、夥しい数の鳥が飛び立っていた。それも、まるで何かから恐れをなして逃げる様に、我先にと言わんばかりに。

『あの日と同じだ』

 一人語る様に、槌出内は言葉を紡ぐ。

『あの日、夕方になるより早かったか……あの時も鳥が一斉に飛び立ったんだ』

「……あの時───」

 何のことか、聞き返そうとしたその時である。

「───っ!!?」

 突然、ゴゴゴゴゴという、地響きの様な音が辺りに響き始めた。

 搭乗する三式チヌのシートを介して、真弓もそれを知覚している。

「───な、何……一体!!?」

 そして途端に揺れが一際激しくなった次の瞬間、一画の山肌が抉れ何かが這い出てきた。


『───な、何だ!!?』

 辺りを強烈な震動が襲った。崖という表現に近い急斜面の山肌、その上の方から震動に耐えられずに倒れた古木や大小の岩石がいくつも転がってくる。

「───地震……違う、これは───!!!」

 その瞬間───

「あ───」

 は現れた。


 一際大量の土砂を崩し、山肌を引き裂きながら現れた異形。


 それは腕と一体化した翼を一度広げると、数回羽ばたく様に動かしたかと思えばまた閉じた。


「───あれは…………っ!!!」


 巨大な鳥、というか、翼竜ワイバーンの様にすら見えるその姿は、奈々の傷痕トラウマを激しく抉り、呼吸を乱れさせる。


 鳥型機壊獣───奈々の故郷を壊滅させた存在に、の姿が重なって見える。違いといえば、体色と頭部の形状くらいか。

 奈々の記憶にある鳥型はカラスの様な漆黒色をしていたが、こいつは鉄錆の様に赤茶けた色をしていた。

 そして、そいつの頭部上面は鏃か、はたまた尖らせた若葉マークの様にも見える変則六角形型をしている。とても一般的によく知られる鳥の様だった鳥型の頭部とは似ても似つかず、生物的な姿フォルムとは少なくとも奈々には思えなかった。


 双眸を赤紫色マゼンタカラーの光で輝かせ、そのこうべが上を向いたと思えば、


───ギュョアアアァァァァァァァァァァッ!!!───


 産声を上げる様に、蒼穹そらへと吠えた。

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