第十話:烈熱焔咆
「
簡易
「はい、あ、いえ!
撃墜ではなく、移動中に介入した国防軍戦闘機から攻撃を受けて不時着した模様です!!」
「それを撃墜というんじゃないのか!!?」
テンパりかけていたオペレーターに渚は可能な限り冷静に突っ込む。
「核以外の既存兵器の火力で
鳥雷如きの速力じゃ甲王牙の超電磁推進には及ばないはずだ」
思考し始めて俯き気味になる渚に対し、「それなんですが……」と切れ悪くオペレーターは続ける。
「……遭遇した国防軍機から、熱源を伴った飛翔体の反応が検知されています」
「熱源……?」
何か引っ掛かった様で、渚は数瞬だけ反芻するとその答えを出した。
「……まさか、
「可能性としては、考えられますね」
二人してその結論に至った時、
「ミサイル、って何ですか?」
美優が渚に問うた。
「
「い、いえ……」
「……ロケット弾っていうのは、簡単に言うなら化学物質を燃料として推進力を得る装置を搭載した爆弾のことさ。
そして、それに誘導機能を設けたのがミサイルだ」
「そんな兵器があったんですね」
「まぁ……工兵でもない二等海尉なら聞き慣れないかも知れないな」
本来なら対地制圧用のこの兵器は、国防軍なら陸軍の特二科か海軍の巡洋艦級以上の大型艦艇くらいしか装備されていないだろう。
「でもなんでそれを───」
貴女達が知っているのかと聞きかけたところで、
「───遠征部隊から通信です!」
丁度入った電子音に対して反応したオペレーターが食い気味で割り込んだ。
「現在、帰還予定だった輸送トラックが進路を急遽変更し……輸送中のGM-X02が出撃、甲王牙の救援に向かっている、とのことです!」
「
ポケットからスマホよりも小型の携帯端末を取り出すと渚はそれの画面を確認する。日付・時間だけを確認したのか、見た一瞬だけで端末をしまう。
「というか、玲子に通信は繋がらないのか!!」
「それが……」
『あー、渚ちゃん、やっほー……』
丁度今、玲子と繋がった様だった。
「やっほー、じゃない!!
今どうしているんだ!!?」
『えぇっと……今、ねぇ……』
その時である。
『キシャァァァァァ───ァッ!!!』
遠めだが、鳴き声の様な音が聞こえてきたのは。
「その声……まさか!!?」
三人、その他指揮所にいたもの達は、それを耳にし戦慄し始めていた。
『キシャァァァァァ───ァッ!!!』
甲高い奇声を上げ、蟲型機壊獣の一体が一輝へと襲い掛かる。
「ぐっ!!」
カブトムシの角を生やした巨大な蝿の様な機壊獣。その角が一輝の綺麗な顔を吹っ飛ばさんと降り下ろされる。
左を向きながら後ろに跳ぶことでなんとか回避するも、振り下ろされたそれは一輝の居た地面を抉っていた。
避けたことで運良く木陰に入れた一輝は、何か武器になるものを視界の範囲で探す。
「───!!」
橋の主塔まで近付き、その元に置かれていた丸太を手にするとそれを掲げる。
着痩せするタイプということもあるのだが、流石は元国防軍人。一見すれば少女の様な顔立ちに似合う華奢な体躯だが、鍛え上げられている筋力によって目測だが直径約10cm全長約2.0mはありそうな丸太が鬼の金棒よろしく軽々と持ち上げられる。
「……これくらいか───!!」
携え掲げたそれを突き刺さんと、
「───えぇぇい!!」
吼えながら一輝は走り出す。
途中から木陰が途切れ、眼を焼かんと日光が輝る場に躍り出るが、ほとんど瞼を閉じていた一輝は音と記憶、肌で感じる風だけを頼りに蟲型へと迫り
だが、その突きは紙一重程の僅差で上に避けられ、お返しとばかりに
直感で前のめりになる様にしゃがみ込むことで回避するが、見えていないせいで避けきれなかった一輝は右頬に掠り切り傷を付けられた。
「───っ!!!」
下から斬り上げる様に丸太を振り上げる。
今度は当てることに成功し、墜落させることができた。だが───
「うわぁっ!!!」
羽音を感じ左を確認すると、撃墜したのとは別の個体が横から一輝へと迫ってきていた。丸太が組み付いており持ったまま移動はできず、慌てて放した一輝はそのままバックステップで二歩後退する。そして突っ込んできた個体は丁度一輝がいた位置の丸太へと盛大にぶつかり、それによって墜落した個体とともに谷底へと落下していった。
「……っ」
危うい、と半開きの瞳で彼は未だ浮く個体を睨む。
彼の赤い瞳は色素が欠乏していることが影響しているものだ。
故にあまり長時間日光に当たるのはよくない。
何より、彼は玲子のことを心配していた為に睨みつつもジリジリと後退していく。
「杉野谷さん、お怪我はありませんか!!?」
「大丈夫よ」
短く振り向くはずだったが、
「あれ」
思わずその場で立ち止まってしまう。
まだ最低でも三機はいる機壊獣達に全く近寄られていない、というか全く視認されていない様に見えた。
疑問に思って玲子を見ていると、彼女はズボンのポケットから画面もなくボタンが幾つかだけ付いただけの携帯端末の様なものを取り出した。
「これ、炭素に反射する特殊な電磁波を打ち消す電波を一定範囲に展開する装置なの。
起動したら最低でも30分は視認されないわ」
「そんなものを───」
持っていたと続けようとしたところで、巨大な爆音が橋の下から炸裂した。
「───いぃっ!!?」
一体何が、と吊り橋に近付き、主塔から顔を覗かせる。
『今のは何!!?』
赤い騎甲戦車のパイロットが何かに反応した。八九式もその方向を向き、奈々もそれに倣う。
上に架かる吊り橋の下に、それらが蠢いていた。
「───機壊獣……!!!」
反射的に榴弾を装填しかけたところで、装填するのを徹甲弾とどちらにするか悩む。
距離が在りすぎた。直線距離にしても200mは離れている。甲王牙の127mm砲は威力は強力だが、その実大して精度はよくない。
その上で榴弾は徹甲弾より空気抵抗を受けやすい為に渋ったのだ。どちらにしろこの距離では徹甲弾でも当たるか微妙だったが。
「ぶっつけだけど」
数瞬を経て、榴弾を装填した。
そして奈々は火焔放射システムと咆哮機構を同時に起動させる。
睨み付ける先との位置関係を確認───距離211.5m 俯角4度。
甲王牙の口内に熱気が充満してきた。歯状に加工された装甲の隙間から漏れたそれが、付近の物質を加熱し陽炎を揺らめかせる。
『グルルゥゥrrraaaaaahhhhh───!!!』
空気が振動し、唸り声を上げる甲王牙。
「
奈々が吼える。
「───
それと同時に、
───ボヒュゥゥゥゥゥンッ!!!───
火焔を纏い、さながら火球と化した砲弾が、咆哮と共に口部から放たれる。
纏わる焔は滑らせる様に榴弾の空気抵抗を無くし、さらに咆哮として放たれた空気の塊が後ろから押し上げることでさらに弾速が加速される。
『
この技はそう名付けられていた。
墜落していた二機の機壊獣へと吸い込まれる様に火球は迫り、着弾と同時に芯または核となっていた榴弾が炸裂し強烈なる焔を爆煙や破片と共に撒き散らした。
その一撃で、二機の機壊獣は断末魔を上げる暇も無く消滅する。上げたとしてもこの距離では聞こえないであろうが。
落ちてきたのであろう、上を奈々は見上げた。
「───っ!!?」
そこで目撃してしまう。
吊り橋の主塔から、
「───人が……!!?」
「一撃……!!?」
二機重なっていたであろう蟲型機壊獣を、小型とはいえ二機共一撃の元に葬った。バラバラになった機械の残骸や焦げた丸太の破片、さらにそれらだけでなくそれらがいた地面すら穿ち焼いていた。
「……何て火力───」
見入ってしまったその時、
「───ハッ……!!?」
近付く羽音に気が付いて、無意識的に回避しようと前進してしまう。それにより一輝は、自ら谷底へと飛び込むことになってしまった。
「うわぁ───」
橋の主塔から三本目に位置するハンガーロープを左手で掴み、何とか落下をしないで済む。
「───…………!!!」
だが、今が人生の中でも最悪な分類にできる状況なのには変わらない。
壁側へと脚を伸ばすが、僅かに届かない。登ろうにも踏ん張りが効かず、それを実行に移せない。
さらに、正面・後方・谷側である左から三機の機壊獣が迫ってきた。
「───くっ……!!!」
ただ、それ以上に最悪なことに、
「……ここまでか」
左手の握力が限界を迎え、滑る様に手がワイヤーから離れた。
「───人が……!!?」
吊り橋の主塔の辺りで、突き飛ばされた様に見えた人がどうにかワイヤーにしがみついて宙吊りにされていた。
「……助けないと───」
一度両腕を地面に着けさせ、甲王牙を四つん這いにさせる。
「こっちもぶっつけ……だけどっ!!!」
すると、両脚を格納し、超電磁推進器を起動した。
高速巡航形態
本来なら回転飛行形態と対をなすはずだった、だが、それによる飛行はあまりに安定しないことから使用は控えることになっていた形態だった。
「……これで───」
三機の機壊獣が、吊られた人にそれぞれの方向から突っ込んでいく───ところで、手を滑らせたのかその人が落下を始めた。
「───間に合えぇぇ───っ!!!」
甲王牙の機体が浮かび、回転飛行時と比べ物にならない初速で飛翔を開始した。
少しでもバランスを崩せば大きく機体はブレてしまう。その上、少しでもタイミングをミスすれば救わねばならない人を潰しかねないときた。ただでさえ狭い渓谷という場でそんな極限の状態にならなければならない。
約200mもの距離を一瞬で詰め、その人物の目の前まで迫ると、空いている両手でその人物を包む。
そして間もなく機体を仰向けにしながら推進器の出力を弱くし、機体の向きを調整しつつ減速しようとした───ところで、谷底の川へと機体の背中が擦る。
「───がぁぁっ!!!」
機体は人物を掴み更に400m近く滑走したところでようやく止まった。
「……
背中を炙られた様な痛みが襲う。
『……いっつ……!!』
少年の様な声が聞こえ、ハッとした奈々は甲王牙の両手へと目を向ける。
先まで吊られていた、どうやら少年だったらしいこの人物が無事だったことに、一先ずは安堵する。
『……ありがとう、ございます』
「…………っ?」
ところで、助けた少年から急に感謝された。とはいっても返事のしようがなかったが。
「どう、いたしまして……」
後で言える機会があればと思いつつ、奈々はその場で呟く様に応えていた。
その時、警報が鳴り響く。
「───っ!!?」
忘れかけていた三機の機壊獣が、どういうわけか400mは離れているはずのこちらへと迫ってきていた。だが、
「───なっ……!!?」
突然上から降ってきた弾幕によって、残り100m切った位置にいた三機はどれも一様に蜂の巣にされ爆散してしまう。
「今のは……?」
次の瞬間───。
『Pa↑aaaaaaaaaaaaaaaaaaahhhhh↓!!!』
「───っ!!?」
やたらと甲高く気味の悪い鳴き声を上げながら、それは谷の上から飛び降りてきた。
観音崎警備所を襲った獣型機壊獣にも似た、四脚型の機械仕掛けの異形。
その機体の背面にはハッチに似たものが幾つも付いている。
四肢には小型だが超電磁高速回転履帯とされる機構が施されたアームが搭載され、歩行以外ではそれを展開して走行するのだろうと想像させる。
太めの尻尾を尻に備え、その鱗並びは甲王牙に通じるところがある様にも見える。
そして、それらより特徴的に感じたのは、やたらでかい頭部だ。
鼻頭と両米噛みの辺りに角の様な意匠を掲げている他、鼻の位置から銃口の様なものが覗いていた。
「……なんだこいつ───」
新たな
『───ひっさしぶりだな、奈々!』
「───!!?」
いきなり通信を入れられ、唖然としてしまう。奈々にはその声は、聞き覚えがあった。ある意味渚以上に男勝りの快活な、それでいて透き通った声質の少女の声。通信のウィンドウを見ずともその声音と口調だけで、彼女は自分の知る顔を思い出してしまう。
「その声……まさか、クリス……!!?」
『他に誰だと思ったんだ!!』
ウィンドウにはその本人、クセのある長い銀髪を襟元で二つに束ねた少女の顔が映っていた。
「いや、でもその機体……!?」
『これはアタシの機体だよ!!』
「あなたの……まさか!!?」
『あぁ、そうだよ!!』
そこまでいった少女───クリスティーナ・ガルシアスロワは、一度ニヤリと八重歯を見せると、自身の駆る愛機の名を名乗った。
『GM-X02────
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