第九話:招かれざる襲撃者


 航空部隊による奇襲によって墜落していった甲王牙が、木曾山脈のとある山の斜面に激突する。

「───がはぁっ!!!」

 背面を打ち付け、全身の骨が折れ筋肉が断裂する様な激痛が奈々の身体を襲う。

 斜面に沿ってコロコロと亀の甲羅型になった機体は転がり落ち、谷底まで行ってそれはようやく止まった。

「痛い……」

 煩く警告音アラートがコクピット内に響いている。過負荷のサインが各部に出ている以外、特に異常は確認されていない。痛み故か痙攣する様にあちこちを震わせながら、それでもゆっくりとだが甲王牙は立ち上がる。

「痛いよ……」

 目に涙を浮かべていた奈々が呻くのと同じく、甲王牙も『グルルルルゥ───』と喉を低く鳴らしていた。

 一度口から空気を吸い込み、それらが喉から機体の各部へと送られては装甲の隙間から出ていく。それによって低めの唸り声の様な音が響く。

「……甲王牙ぁ…………」

 その数瞬の後、


『Gha↑ra↑g↓ra↑gra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』


 今度は、甲羅部装甲群を始めとする装甲の隙間から通った道を逆流する様に空気が流れてゆき、膨大な音の激流───轟咆として、天穹そら目掛けてめいいっぱい開かれた甲王牙のあぎとから放たれた。


「本当に来やがった……!!」

 物陰に隠れていた八九式のコクピット内で、亀型機壊獣の放つ轟咆を確認しながら槌出内が驚きに近い声を発する。

「相っ変わらず、でっけぇ声だ」

 彼の体は、正直なところ細かく震えている。武者震いだと思いたかったところだが、そうとも正直思えなかった。

 航空機用に調整された噴進弾───噴進弾そのものの英語名称から当て字で『微砕留ミサイル』等と銘打たれていたその新型武装を食らい、少なくとも外見上はなおも無傷のその姿に、度胆を抜かれていたのである。

『やはり例の試製武装でもほとんど無傷ですか……並の装甲強度ではありませんね』

 その姿を初めて見るであろう真弓も、そう分析している。

「勝てんのか?」

『倒す、ということならまず無理でしょうね』

 応えながら、真弓の駆る三式騎甲戦車チヌは肩部装甲脇のラックに携えた対物刀の柄にマニュピレーターを伸ばす。

『我々の作戦はあの機体の拘束・捕獲です。

倒す必要はありません』

「そりゃそうだけどな……───」

『───倒しますよ』

 煮え切らない、訳ではないのだろうが、先人を切れないでいる二人に対し、透が口を挟んだ。

『生温いこと言う位なら自分が向かいます』

 そう言い放って彼は『待ちなさい、伊井戸 三尉!!』「バッ───お前その機体狙撃用だろ!!」と言ってて出遅れた二人を差し置き、九七式チハを駆り機壊獣へと走っていった。


「あら、なんか思ってたより早いと思ったら」

「え……」

「まるでやられてるみたいね……」

 吊り橋の上から、一輝と玲子はその様子を眺めている。

「この辺に機壊獣が襲来してきた、ってことにしておいて一緒に君の勧誘してもらおうと思ってたんだけどね……連絡入れた頃にはもう出撃してて、おかしいなーとは思ったんだよねー」

「は、はぁ……」

 その時、

「───ッ!!?」

 吊り橋の真下からあの機体に向かっていく人影を確認した。否、人影の様なもの。

「あの機体……」

 見覚えがあるなんてものではない。

 九七式騎甲戦車───それも、

「──僕のチハ……!!」

 かつて自分が使用していた機体と装備の仕様が似ていた。

 狙撃用に特化しており、各所各種のセンサー系を新型の物に換装している。頭部・肩部の形状も微妙に他の同機種と異なっている為、その差を彼は分かっていた。色は一般用の国防軍機と同じカーキー色になってはいるが。

「一体誰が……!!?」

 明らかに狙撃手の動きとは思えない機体移動で、九七式はあの機体へと向かっていく。

 さらにその後ろから二機の騎甲戦車が連なって付いてきている。一機が八九式なのは分かっていた。だが、もう一機いる赤い塗装が施された機体の機種は、一輝には分からない。

 彼ら───ひょっとしたら彼女らかもしれないこの機体達があの機体へと向かっている理由ワケを、その様子から彼は察することができた。


「───何、こいつら!!?」

 目の前から三機の騎甲戦車が突っ込んでくる。

 うち先頭の一機に、奈々は「どっかで擦れ違ったかもしれない」程度ではあるが、見覚えがあった。

 レーダーのウィンドウをメインモニターに展開して反応を確認し、それについて確信することができた。

 九七式騎甲戦車チハ───それも、観音崎の時に遠くから狙撃していた機体だ。その機体が、対物ナイフの切っ先を向けて突っ込んでくる。

「───くっ!!!」

 咄嗟に身構えた奈々甲王牙は、九七式のナイフを握る右腕を押さえる。

鬼気迫る九七式は、その肉薄した状態から更に頭突きを仕掛けてきた。

「───あぐぅっ!!!」

 額から鼻にかけて激痛が走り、それに気を取られるうちに、追撃の蹴りを右脚に受けてしまう。

「───あぁぁっ!!!」

 体勢が崩れたところで、九七式が甲王牙の背中を踏みつけ動きを拘束した。

「放せ───がぁっ!!?」

 膝で押さえ付けられ、痛覚共有の影響で奈々の息が詰まる。

「くぅ……ぃい…………!

……ぁせ…………!」

 言葉が出ない。

 通信が出来ないから意味もないのだが。

 そうしているうちに───

「───がぁっ!!」

───奈々の側頭部に激痛が走った。


「ふぅ」

 こんなもんか、と思いながら、必死で起き上がろうとする亀型機壊獣を膝で組伏せていた。

『よくやったな……』

『言うだけのことはあるわね』

「どうやらこいつ、対人戦には慣れていない様です」

 二人の飽きれ半分の称賛に対し、短く答えた。

「それで、どうします?

暴れない様に機能停止させますか?」

『そうね……』

 言いながら、真弓は対物刀と構える。槌出内が『普通に拘束具使えば……って流石にやりすぎじゃ』などと呻く中、

『こういう場合どこが一番良いのかしら』

「頭じゃないですか?」

『そう?

それじゃ、やってみるわ』

 全く以て無視ガンスルーで二人は話を進めていた。

『って聞けよっ!!!』

 そうして、対物刀の峰を向けた状態で三式は亀型機壊獣へとそれを降り下ろした。


 甲王牙の右側頭部へと、鈍器が降り下ろされる。

「あぁぁっ!!」

 続けて、切り上げの要領で左頬の辺りを平打ちされる。

「がぁぁっ!!」

 滲んだ涙が奈々の頬を伝う。

「……ったい…………っ!!」

 悶えながらも、メインモニターに映る三式を睨み付ける。

「……ぅ……ぅ………」

 ここまできて色々と限界を迎えた奈々は、

「…………ふぅ───」

 言いかけながら、火焔放射システムと轟咆システムを同時に起動し、

「───ざぁけるなぁぁぁっ!!!」

心底からの一喝と共に業焔の球体を放った。


 火焔の奔流が、真弓の三式に襲い掛かる。

『───っ!!?』

 予期せぬ反撃に、ほとんど反射的に後退しながら対物刀の刃を向けることでいなしたが、受け流し切れずに機体は尻餅を付いた。

 刀身の中程が黒焦げになった対物刀が、手から離れて地面に刺さる。

『刑部二尉───ぐっ!!』

 槌出内の八九式が反応し、そちらの方へと振り向いた直後───


『Gha↑ra↑g↓ra↑gra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』


 透の九七式に押さえ付けられたままの亀型機壊獣に至近距離で轟咆を鳴らされ、その影響なのか機体の各部が相次いでシステムエラーを起こし始める。

『な───ぁいっ────』

『つぃ───に───』

 ブチン、という乱暴な音が一瞬発生したかと思えばいきなり音声通信が途絶し、機体が後ろに傾き始めた。

「なんだ!!?」


通信機能 停止


電器系統 ダウン


システム エラー


機体機能 停止


再起動シーケンス 確認


 各種エラーコードと共に、透の機体のメインモニターにはそう表示されたのを確認した時、機体が完全に転倒した。


「大丈夫ですか!!?」

『ええ、なんとか……』

 九七式が倒れ、八九式と三式が後退する。

そんな中でも、亀型機壊獣は立ち上がりはするが追撃も何も行わずただ睨み付けるだけである。

『あの咆哮、機壊獣を引き寄せていたと聞いておりましたが……』

 真弓の機体も通信機が機能しなくなっているのかスピーカーによるものに切り替えていた。

「刑部二尉、機体の状況は?」

『通信機とレーダーが逝かれました。

照準器も修理が必要かと。

三尉は』

「……特に異常なし、通信機も無事です」

『……離れてたとはいえ、さすがマニュアル車と呼ばれるだけあるわね』

「誉めてるんですかそれ」

 軽口を言い合いながらも、二人の神経は己が手元と、亀型機壊獣の挙動を集中している。恐らく機能停止したのであろう仰向けに倒れた九七式に、亀型機壊獣が何をしでかすか分からないから。


「すごい……」

 一輝達はただその光景を眺めていた。

「大丈夫よ」

「分かってます」

 玲子の言葉に、一輝は答える。

「殺したりはしないはず、ですよね」

 まだ名前を聞いてない、あの機体の姿を見ながら彼は語りかける。

「あの機体のパイロット、優しい方なんですね」

 その機体は、ただ目の前にいる騎甲戦車を睨んでいるだけだった。

「機体を傷付けられて怒りはしても、殺そうとはしていない……そんな感じがします」

 聞きながら呆気にとられてポカーンとした様子になった玲子が、まじまじと見つめながら問う。

「君、エスパーとかニュータ○プ的な何かだったりする?」

「いえ、そんなことはないで───」

 振り返りながら答えかけた、その時、

「───ッ!!?」

 突然、彼は驚愕の表情を浮かべた。「?」といった表情になったが、

「危ない伏せて!!!」

「え───キャッ!!!」

 一秒も経たぬ一瞬、鬼気迫る表情の一輝に押し倒され、そのまま覆い被せられた。

大胆ねぇ、なんて軽口を、普段の彼女ならこの場で言ってたかもしれない。だが、その彼の背中の上スレスレを

「今の……!!」

 玲子を踏まない様に横に避け、受け身を取って一輝は立ち上がる。

 体術の反動からか身に付けていたサングラスが外れてどこかへ飛び、紅玉ルビーの様に綺麗な紅い瞳が露になっていた。

「───ッ!!」

 特に慌てるという様子でも無く、寧ろ冷静に可能な限り目に直射日光が当たらない様程度に左手で額に影を作りながら、彼らへと襲いかかったを睨み付ける。

 その眼差しの先に居たのは、大きく広げた翼を目にも止まらぬスピードで羽撃たかせながらホバリングしている、四足の蟲。

 一輝は知っている。くらい。

『キシャァァァァァ─────ァッ!!!』

 それらは、小型───とはいっても人の身体より一回りは大きい、蟲型の機壊獣だった。


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