第八話:タートル・フィッシュ


 薄暗く狭い空間。

 その中に入った刑部 真弓は、天井のライトに電源を入れ空間内を照らさせる。

 日本共和国国防軍で採用されている騎甲戦車は他国軍のそれとは違い天井部のライトは動力と別のバッテリーによって稼働している。他国軍の騎甲戦車はハッチを開けっ放しでも起動できる機体が大多数を占めるのだが、国防軍のものはそうでない機体が多い為、ライトがないと暗くて起動が難しいからだ。故に基本的には起動時以外に使うことが滅多に無いが。

『それにしても、上層部って何でこうもネーミングセンスだけは矢鱈と良いんでしょうな』

「ネーミングセンス、ですか……」

 補助電源を入れ待機モードにしたところで、槌出内三等陸尉から通信が入り、真弓はそれを受けた。

『今回の作戦名のことですよ』

「スンカリヤ作戦、でしたっけ……」

 印象に残る名前だと、少なくとも真弓は確かに思っていた。

「何か意味がある言葉なのですか?」

 特に何らかの意味がある言葉だとは思っていなかった───というか、長い名前の略称的なものかと思っていた。まだ作戦開始には余裕があったこともあり、ふと気になって問い返してしまう。

『サバニって小舟を使った沖縄の伝統的な漁法ですよ。

今でこそ魚やタコを捕まえてますがね、本来はウミガメ漁で行う漁法だったそうで』

 解説され、ようやく言いたかったことが察せられた。

 亀型機壊獣(仮称)を捕獲する為の作戦名がカメ漁から名付けられている、ということか。

「詳しいんですね」

『知り合いに沖縄出身の奴がいて、丁度そいつが漁師の家系らしくて』

 そんなことを話していると、

『お二方、作戦の準備はよろしいでしょうか』

 透が通信を入れてきたらしい。

『エサは蒔いたので、そろそろ獲物は巣穴から出てくるでしょう』

『そうかぁ?』

 半信半疑な槌出内に対する、自信有り気な透。大丈夫かと聞かれても答え辛いものではあるが、二人とも腕は確かと聞いている。

「───、二人とも!」

 丁度この瞬間、特一科作戦部隊宛てに指令通信メールが届いた。


作戦想定空域に高速で回転しながら飛翔する飛行物体を黙視で確認

航空兵力精鋭部隊は発進済み

貴官等、特一科は各機所定の持ち場に移動し完了次第その場で待機

第一段階完了次第、貴官等の判断で第二段階へと移行せよ


 扉が開く。

 それは、今彼らの機体を搭載している大型トラックの荷台の扉だ。

 その外は既に明るくなっている。

「そろそろ、出撃しましょうか」

『『了解』』

 真弓の言葉に返した、透と槌出内の機体が先陣を切って発進する。

 槌出内の機体は八九式後期型、透のは九七式チハ

 真弓も、自身の機体のアイドリングモードを解除、メインエンジンを起動する。

「行くわよ───チヌ」

 彼女専用にカスタマイズされた三式中型騎甲戦車───『チヌ』の愛称で呼ばれている次期主力用先行少数生産機が起動した。


 昨日、自宅のある街を出てきた少年は、泊まり先の最寄り駅から始発に乗り現在とある山の中を徒歩で移動中だった。

 サングラスを付けている目元からは汗なのか涙なのかよくわからない雫を頬へと流している。

 息も絶え絶え、とまでは行かないが切らし始めてはいた。

「何で、こんな所に……」

 歩きながら少年は呟く。

 木曾山脈 日本アルプスの一画である。

 知らない人から手紙が来たかと思えば、

『宿を予約してあるから地図に指定された場所に来い』

 などとそれには書かれてあった。

 予約されていた宿は、悪くはなかった。寧ろ良い方なのかもしれない。が、先払いが済んであったらしく無銭で出てきたのを見逃されている様な罪悪感を感じ、何より旅というものに慣れていない彼からしてみれば辛いことこの上無かった。

 それで今歩いて山の中。どういうわけか盗賊の様な、というか不本意に盗賊にならなければならなかった元善良な村人の気分。

 未だに払わなくてよかったのかと思ってしまう中、

「……ここか?」

 指定されていた位置の吊り橋の元へとたどり着いた。

「何でよりによって吊り橋に……」

 突き落とされたりしないだろうか……などと冗談半分に橋を渡ろうとする。

物部 一輝もののべ かずき君で当ってるかしら?」

「───っ?」

 そこへ女性の様な声が掛かり、少年───物部 一輝は振り返る。

 そこには、彼と同じくサングラスを付けた女性が立っていた。

 その女性は長い金髪で、タンクトップとジーンズにスニーカーというすっごいラフな格好をしている。そこそこ大きい胸を強調する様にその下で組まれた両腕には、それまで着ていたのかもしれない白衣の様な衣装が抱かれている。

「あら、貴方もグラス付けていたの」

「えぇ、まぁ……お洒落という訳では無いのですが……」

「そう?

結構似合ってると思うわよ」

「……どうも、です」

 普段からあまり人と話すのは得意では無かった一輝は、フランクな態度で自分に接する彼女にほとんど視線を合わせられていない。

「ところで、貴女は……」

「んもぉ、せっかちねぇ~」

 本題に入ろうとすると、身をくねらせながら「もう少し焦らしてもいいじゃない?」等と言って続ける。

 身が揺れる度に、主張する彼女の胸が揺れる。元々逸らしていた視線が一瞬それに向かってしまい一瞬だけ頬が赤く染まるが、すぐに彼は思考を切り替える。

「用が済み次第、僕は職を探さなければならないので」

「そぉう?

君、結構真面目くんね~」

 言われ「どうも」と返しながら、一輝はふと左右をチラッとだけ確認した。

 何かの気配を感じた、気がしたからだ。

 とはいえ、視界の端程度ではあるが確認したところ特に変わったものもない。

 頭の片隅に仕舞っておくと、丁度そのタイミングで女性から名刺を渡される。


玲子・S・M

藤間重工株式会社 開発部主任


「玲子───」

 貰った名刺を、朝焼けが射す方へと一輝は翳す。

「───杉野谷・メイトリクスさん、であってますか?」

「わぁお……よく分かったわね」

 この名刺の名前欄には凹凸で『Reiko Suginoya Matrix』と記されていた。

 どういう意図があったのか少なくとも彼には分からなかったが『S』と『M』をやたらと強調している名刺に触れた時、指先に凹凸を感じた為に気付いたのだ。

「藤間重工の方、だったのですか……僕も軍に居たので、九七式チハにはお世話になったなって」

 今誰が乗ってるんだろうな、と感慨に浸っていると、

「そういえば……何で藤間重工の方が、この様な所へ?

とても社員への勧誘、的なことをする企業には思えないのですが……仮にあったとしても、こんな山奥で態々なんの話があるのかな、って……」

「まぁ、そうね。

……、そのつもりは無いかしら」

 含みがありそうなことを返す玲子。そんな彼女のの部分が聞きたかった彼はならどうしてと問い返す。

「我々、藤間重工には……実はがあるの」

 勿体ぶらず、玲子はそう答えた。先程のおチャラけた態度よりずっと、落ち着いた口調で。



私設武装組織 ディサイア



 彼女は、その名前を告げた。

「私設、武装組織……?」

 そこまで聞いた一輝は、ハッと息を呑む。

 なぜこの答えが浮かび結び付いたのか、自分でも分からないまま、

「まさか───」

 言いかけたその時、

 ズゴゴゴゴ────ッ!!!という様な物凄い音が背後、牽いては響いた。

「───何だ、今の!!!」

 振り返り、一輝は下を覗いたところで、

「───ッ!!?」

 見えたそれに息を呑んだ。


『───グルルルルゥ───』


 山肌を抉りながら、谷底へと落下したそれ。


 何かしらの攻撃を受けたのか、機体の所々が煤けている。


 だが、その姿は一輝の目に既に焼き付いていたものとほぼ同じだった。



 あれは・・・



 それは、立ち上がり、



『Gha↑ra↑g↓ra↑gra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』



 耳を塞ぎたくなる程の音の奔流を、轟咆として天穹へと放った。



 それは、前にニュースで見ていた、亀の様な姿をした異形の機械だった。



 少し時間は遡る。

 四肢を格納した位置から蒼焔を迸らせ、高速回転しながら朝焼けの天穹そらを飛翔する甲王牙。

時刻 06:16

 機壊獣出現の報から一時間近く経とうとしていた。

 最低で一年は間を開けていた───それも出現場所がバラバラだった筈の機壊獣襲来。たった三日という短期間で同じ国を狙うなど、想定外といえば想定外だ。

 明日学校があるから始発で帰ろうとしたところでこれである。まぁ、機壊獣をぶっ壊したいという奈々からしてみれば願ったり叶ったりなのだが。

「もうすぐで目的地……」

 状況を反芻したその時、

「……?」

 レーダーに反応が出る。目の前からだ。それは機壊獣───ではない。

「零戦?」

零式艦上戦闘機 132型

 日本共和国国防海軍の主力戦闘機。

 百幾年前の極東亜細亜戦争時代から由緒正しく受け継がれてきた名機の最新型モデルだ。

 一機だけでなく十二機程、三機一組なのか四組に別れている様に見えた。

「何であんなものが───」

 メインモニターでも視認できた───その時である。

「───!!?」

 後方の三組九機がそれぞれ左・右・下方へと進路を変え、先頭の一組三機が機関砲を放ってきたのだ。

 回転する甲羅の、龍の鱗の様にびっしりと備わった複積層装甲群によってその悉くが弾かれ受け流されていく。

「───撃ってきた……!!?」

 噴射口を狙われてはまずい、と反射的に背面を向けて弾幕を受け流し、隙を探る。

 正面すぐ近くまで零戦は接近し、回避行動を取るべくだろう、機関砲による射撃を中断し上昇を開始した。

 その隙を逃さんと、甲王牙は零戦の下へと回り、零戦達彼らを振り切り目的地へと急ごうとする。

 だが、

「───っ!!?」

 先に左右へと回っていた二組の零戦小隊が機体下部に備わっていたを切り離した。

 問題はそこではない。その切り離されたものが赤い炎を尻尾から吐き出しながら、のだ。

「鳥雷じゃない……これは、まさか……噴進弾ミサイル───!!?」

 動揺する合間に、それらは甲王牙へと迫り、先んじた一発が腹面へと直撃した。

「───ぐぁぁっ!!?」

 機体との神経接続による弊害ともいえる痛覚共有により、右よりの脇腹に溶ける手前程に熱された槍で突き刺される様な激痛が走る。

 一瞬意識を失いそうになり、バランスが崩れかけたところで立て続けに五発のが直撃した。

「あぁぁぁ───っ!!!」

 全身を焼かれる様な熱と激痛に奈々は襲われる。

 凄まじい強度を誇るとある特殊金属による装甲と柔らかい樹脂の層とを交互に積め、最後に装甲の素材と同じ金属で溶接しコーティングすることで一枚の装甲として単一化する方式で加工されているこの龍鱗は、銃弾程度なら余裕で跳ね返し、爆風や衝撃は樹脂が吸収してくれることでほとんど本体へダメージを通さない様になっている。

 だがバランスを崩され、機体は霧揉みになりながら頭から落下していく。いつの間にか雲の下まで引き摺りこまれ、その上段々と機体の高度は下がって行く。

「───まさか……」

 その状況に陥り、ようやく奈々は事を察する。

「……誘い、込まれた……?」

 段々と落下していき、とうとう高度は500mを下回る。

「……ニュースで流したのは……誘き寄せす為の、罠───!!」

 そうして、地上接近を示す警告音アラートがコクピット内に響く中、機体は地面に盛大に背中を打ち付けた。

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