第七話:大きな意思の力
横須賀司令部。
「この機壊獣を、人が!!?」
「一体何を根拠に言ってるんだ!!!」
会議が行われていたその一画は、透の発言により喧騒に包まれていた。
「自分はあの時、彼の機体が機壊獣とは決定的に違う何かがあると感じていました」
騒ぎ立てた等の本人はというと、全く動じることなく言葉を紡ぐ。
「意思や感情の様なもの……そうですね」
数瞬だけ間を開ける透。その間は考えを纏めている様ではあるが、やはりどう表現すればいいのかわからないのか、そこで言い留まる。
「自分の知る限りでそれに近いもので、より明確な表現をするなら、それは───」
考えながら言葉を紡ぎ、やはり一瞬だけ間を置くと、
「───『殺意』です」
そう、答えた。
「痛覚、思考と来て次は『殺意』か?」
「最近の若いのは何を考えてるのか理解できん」
呆れる様子で、士官達は彼の顔を覗き込む。
「ですが、まぁこればかり正直なところ、奴の正体には繋がりませんが。
万が一あれを人が操縦しているというなら、柔軟な思考ができる可能性がある分機壊獣よりも厄介かも知れない、とだけ伝えておきたく考察を述べた次第であります。
どうか検討とは申しませんが、頭の片隅に入れておいて欲しいと思います」
そう言って、透は席に着いた。
そうしていくうちに段々と対策を練られながら、亀型機壊獣捕獲作戦の計画は詰められていった。
ディサイア 基地 工敞ブロック
「作業を手伝わせて欲しい?」
「はい!」
渚に聞き返されたのに対し、美優は応えた。
ちなみに奈々は明日学校があると言ってここに甲王牙を置き、一人帰っていったらしい。一緒に帰れば良かったというものではあったが、助けられた恩もあって何も礼をせずに帰るのはどうか感じた為に、せめて整備を手伝おうということにしたのだ。
「騎甲戦車の整備経験は、一通り習ってあります!」
教練生時代、応急修理は必修だったこともあり彼女もやったことはある。いくら異形の様な機体とはいえ、間接部の仕組みや駆動系など機械としての最低単位は騎甲戦車と変わらないだろう。そう考えた上で、彼女はこれを提案したのだった。
「んじゃ、分かった。
今から右腕の修理やる予定だったから、サポート入って貰うよ」
「了解であります!」
意気揚々と二人は作業に取り組み始める。
渚がへしゃげた装甲を外そうとしたが、ネジを緩めても噛み付かれた影響からかギザ付いた傷口がくっついて外れない。結果としてイラついた渚が「そぉい!」という男前な一喝を上げながら無理矢理引き剥がし、内部フレームを露出させる。
フレームの機能はほぼほぼ現存する騎甲戦車のそれと何ら変わりはない。
金属骨格に駆動用サブモーターやらギアやら真柱やらを組み合わせたメインフレーム、超剛性化合成ゴムなる物質からできた筋肉型繊維をベースとし形状記憶金属繊維及びカーボンナノチューブ繊維によって『編まれる』ことで作られた人工筋肉ことサブフレームから成っている。強いて違いを挙げるなら、サブフレームのボリュームくらいだろうか。
前腕部の千切れたサブフレームを切り離し、予めクレーンで吊って持ってきていた予備のものに交換する。
同じ作業を八九式で経験していた美優は、特に動じることなく作業を開始する。その八九式のそれの倍の量はあるが、クレーンで吊って支えているので特に苦なく作業を進められる。
メインフレームの方は対した損壊は見られず、作業が終わる。そうして、渚から「合格」の一言を貰うと美優は次の作業をせがむ。
「そうは言っても他は軽いメンテで充分だし、弾薬の補給も済んでるし……まぁやらなくても火焔放射器一個あれば充分戦えるけどな」
「それじゃ、給油とかは?」
「……ん?」
「いや、動かすのに燃料とかいらないんですか?」
当たり前のことを聞いたつもりだったのだが、どういう訳かきょとんとされてしまう。が、
「この機体は
ようやく察したらしい渚はそう返す。
「ピース、リアクター?」
聞き慣れない単語が出てきて、問い返すと、特に機密という訳でもない様に渚は説明してくれた。
『Psycho-Electro Install Synthesizer Reactor system』
ということらしい。
「……まぁ、そうだな……例えるならあれだな、ラ○ダドライバを動力に組み込んでタービンを回してるみたいなもんだ」
「ラ、ラム……なんですかそれ?」
「なんだ、メ○パ知らんの?
ロボット物のラノベなんだけどさ」
「……ごめんなさい。
私、サブカルチャー的なのには疎くて……」
「あ、そうなの……」
何かに例えて説明してくれた様だが、やはり美優には聞き慣れない単語だったので結局のところ良く分からなかった。あと何故か渚が悄気てる。
「それで、それってどうやって動いてるんですか?」
気を取り直す、というのもそうだが、純粋な興味で尋ねる。
問われた渚は、何か気まずそうな表情を見せる。それは「貴様は知りすぎた」的なのというよりは「聞かれると思った」といったニュアンスと美優は捉える。
「……正直なところ……」
少し間を開け、一言、
「わからん」
「……へ?」
予想の斜め上過ぎたその返答に、思わずすっとんきょうな反応を返してしまう。
「正直に言って、そうだ。
我々はこれを扱えるというより『使い方を知っているから利用している』っていうだけに過ぎないんだ。
だからどういう原理で動いてんのかなんて知らんし、少なくとも普通の物理法則で証明できる様なシロモノではないよ」
「えー……」
「まず感情を物理的なエネルギーに換えるってのがどうかしてるんだよ。
何もないところから何の副産物もデメリットすら無しにエネルギーを得ている。
質量保存とは一体何なのか、って話だよ」
色々と語る渚に、正直なところ美優は着いて来れていない。とりあえず、よくわかっていないということだけはわかった。
「あと、面倒臭いのはその特性だね。
人間がいないと動かせないんだ。
けど人間を使ってこんな機械を稼働させて電力を得るなんて倫理的に問題があるだろ?
人間を部品か電池みたいな扱いするんだしさ」
「でも、この機体に使ってますよね」
ふとそう思っていたら、渚は「そう」と一度相槌を打ち、
「機動兵器ならパイロットはほぼ部品扱いだからね!
パイロットが機体の脳であるんだから、電池であっても問題ないのよね!」
直立した姿勢から両腕を広げ、倫理的に色々問題ありそうなことを言い始めた。
「えー……」
軽く引いてしまうと「っていうのはさすがに冗談さ……」と渚はどうにか取り繕う。
「PEISリアクターは稼働中、外部の重力をある程度緩和ないし無効化する効果があるんだ。
だから、こんな亀型でありながら二足歩行ができるし、回転飛行なんてやってもパイロットも無事でいられる。
本当に不思議な力を持った機械だよ」
そう言って、渚は甲王牙の未だ露出しているサブフレームに手を触れる。
「力、ですか?」
重力を無効化できる、ということがどういうことかを美優はやっぱり理解していない。それでいてその効果を、渚が今『力』と表現したことに疑問が浮かんだのだろうか。
「前に奈々が『大きな意思の力』って表現してたからな」
力という表現は受け売りだったらしい。
「どういう意味なんでしょうか?」
「残念ながら解読不能」
渚も分かっていないらしい。ついさっき知り合ったばかりだが、『静穏を願う守護者』など難しい言葉の表現をよく使用していた為に奈々のことを不思議な子と印象付けている。
「その辺はやっぱ、パイロットじゃないとわかんないのかなぁ……」
ふと渚の方を見ると、何か思うところがあったのか、彼女はどこか憂いを帯びた眼差しをしていた。
何かを話しかけようとして、
「……っ」
何を言おうか、一瞬詰まってしまった。
その時である。
ダンッ!!という一際強い音が響く。
「渚さん!!!」
二人がそちらの方を向くと、そこには息を切らす制服姿の奈々がいた。
ちなみに彼女が来たのは非常口。本来の出入口は自動ドアなのだが、ここは普通のドアでかつストッパーが壊れていたらしく勢いよく開けた瞬間にそれが壁に激突したらしい。
「どうした?
そんなに急いで……」
瞳の焦点が合うなり、渚は息を荒げる奈々の方へと向く。
「今、機壊獣が出たってニュースで!!」
問いに返したその
だが渚は、
「ん!!?
待て、それはちょっとおかしい……」
一瞬だけ動揺するが、あくまで冷静に状況を見ようとする。
「アマテラスからは何も情報が来ていないぞ。
本当に機壊獣が出たのか?」
「え、でもニュースで映像もあったよ!!
早く行かないと───!!」
そう言う奈々はロッカールームに向かうべく移動しながらも上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始めている。
「しゃーない……待ってろ!!」
奈々が開くドアの向こうに行くのとほぼ同時に、渚は、
「ダーディアーさぁーん!!」
突然美優の後ろに向かって叫ぶ。
何事かと思って振り向くと、その後ろ───距離にすると約6mか───広い空間の一区画離れた位置に置かれていたリフトから、半身と顔を出してジッとこちらを見つめていた男性作業員と目が合った。
あまりのことに「何故見てるんですっ!!?」と突っ込みかけたが、どうにか美優は喉元で言葉を押し留める。
「右腕の装甲一式持ってきて!!」
その整備士、ダーなんとかさんへと渚は指示を出した。
奈々がスーツに着替え終わり再び工敞を訪れる頃には、右腕は修理され元通りになっていた。
「総員、退避ぃ───ッ!!!」
渚の号令によって作業員達が一斉に退避する。
その中で機体に向かう奈々は、機体の中腹部で中釣りになっているパイロットシートに座る。
するとシートが上に持ち上がり、機体の中へと収納される。
「パイロットシート、収納完了」
格納され仰向けの様になった奈々は、その姿勢のまま操縦桿を操作し、機体を起動する準備を行う。
五本指用の輪が中に入った箱形の操縦桿。そこに指を入れると、腕輪が固定具の様なものに拘束される。
「神経接続、準備完了」
脚も固定具によって固定され、肩・脇腹・太股・
「接続開始」
彼女がそう言った直後、
「───ッ……!!!」
一瞬身震いし、
「……ぁあ……」
間髪入れずに、悶える様に目を瞑ると、
「───ぅあぁ……あっ、ぁあっ!!」
言葉に成らない声を発して、仰け反った。彼女の太股の内側を、幾筋かに別れた液体が伝っていく。
「……ぁ……ぁあっ……あ、んぅっ……!!」
一瞬でそこに達しビクビクと身体が震える中、同時に彼女の全周囲を囲むメインモニターが点灯した。
「接続、完了……、はぁ……PEISリアクター、正常に稼働……」
ハァ、ハァ、と息を荒げながらも、奈々はそのままシークエンスを続ける。
「オールビュー・モニター、正常に稼働……」
荒かった息は、少しずつ収まってくる。
「機体コード……GM-X01、……起動、成功……!」
カカカカッ!パシュゥン!カシュン!
軽快な音を立てながら、鱗の様にびっしり並んだ上部装甲群が一斉に開き、開いた空間から蒸気を排出してまた一斉に閉じた。
「急速排熱機構、正常稼働確認。
メインスラスター───点火!」
ディサイアの地下基地へと繋がる巨大なハッチが開き、そこから飛行形態へと変形していた甲王牙が、四肢を折り畳んだ位置から蒼焔を上げて上昇していく。
ある程度───計器によって、高度 300mと表示される辺り───まで上がったところで、甲王牙が回転し始めた。
クルン、クルンと始めはゆっくりだったが次第に回転のペースが早くなっていく。
───ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン───
風を切る音を響かせ、回転が目にも止まらぬ早さになった頃には下を向いていた噴焔が並行を向く。
「行くよ───甲王牙!!」
そして一度大きく振れた機体はすぐに向かうべき進路を定め、薄暗い空を駆けていった。
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