第六話:願う者達の集う場所
「こう、が……?」
その名を聞いてもなお、美優はただ呆然としていた。
「対機壊獣用に開発された機動兵器」
そんな彼女をよそに、長髪の少女が語りかける。
「全方位からの飽和攻撃に曝されても耐えられる耐久力と、広範囲の敵を焼き払う殲滅力とを、この機体は両立している」
「まぁ、機壊獣は基本的に群れで行動しているからな」
遮る、というよりはバトンを受け取る様に、渚が続けた。その次の瞬間には渚は身を屈め、美優と視線を合わせると一言、
「……君もそれを味わったよね」
そう言った。
「───ッ!!!」
その時、美優は自分の身体が震え出すのを感じる。
あの時の光景が脳裏に過る。
崖を怒濤の様に駆け上がってきた
嫌味な先輩も、消えていった。
自分を目掛けて、それの
自分も今から、これに貪り食われるのだ。
恐怖と苦痛に抱かれながら、奴等の胃の中へと誘われる───その一歩手前で、あれは現れた。
『『Gha↑ra↑g↓ra↑gra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』』
それ───
「…………」
未だ彼女の身体は震えが治まらない。
今さら思い出した、奴等に植え付けられた恐怖からか、一度溢れた涙が止めどなく流れていく。
「……貴女達は、一体何なんですか!!?」
癇癪を起こす様に、声を荒げながら美優は叫ぶ。
「貴女達は、そんな機械作って、兵器使って、軍隊でもないのに戦ってるっていうんですか!!?」
それは、正直に言えば八つ当たりに近かったかもしれない。
「許可もなく兵器持ってて犯罪だとかそれ以前に何で、何で戦うんですか!!?」
軍人である自分が逃げたのに、民間人である彼女らが戦っているということに。
何より、逃げ出した自分に苛立って。
そんな彼女に、
「怖いさ」
渚が答える。
「死が迫ってくるのだから、怖いに決まっているだろう。
あくまで偏見だが、そんな状況を『怖くない』って本心から思える様な奴は、多分精神がどうにかなっちまったんじゃないかって疑うよ」
少し間をおいて、そう続けるのに対し「だったら───」と言いかけたが、渚はさらに遮る様に続けた。
「同時に、誰かがそうなるってのも物凄く辛いんだ」
憂いを帯びたその言葉に、美優はハッとする。
「だから、怖くても戦うのさ。
全員は無理でも、辛い思いをする人を一人でも少なくするために、我々は戦っている」
その諭す様な口調は、自身に言い聞かせている様にもみえた。
「我々は私設武装組織 ディサイア」
一度区切ると、渚は立ち上がる。
「我々は……そうだな
今、彼女が言った通り───」
少し考える様に間を開けると、
「───静穏を『
そう、高々に宣言した。
しばらくして。
渚から奈々と呼ばれていた黒髪の少女に美優は連れられ、エレベーターで移動している。
どうやってこれだけ大規模な施設を動かすだけの電力を得ているのかは不明だが、地下深いところまである様だ。現在、地下12階から13階の間らしいが地下階は22階まである。一方で地上は1階しかない様だったが。
その道中、全く会話が無い二人。
気まずい、と感じた美優が、自己紹介しようとした。のだが、
「わ、わたひ───ッ!!?」
思いっきり噛んだ。
段々顔が赤くなっていくのが、自分でも分かってしまう。
「……フッ」
驚いたのか一瞬だけ間を開けた後、奈々は少し微笑んだ。
「……私は稜江 奈々」
察したらしい奈々が美優より先に名乗る。
「甲王牙のパイロットをしているわ」
そう彼女が付け足すと、苦笑いだった美優の顔が驚愕で満たされる。
「えっ……!!?」
「いや、あの場で気づかなかった?
一人だけこんな格好してんのに……」
実際彼女は先程と同じ肩や脇腹・太股などの一部が露出している首から下を覆うボディスーツの様な衣装のままである。着替える暇など無いのだから当然ではあるが。
さらに首元・手首・足首にそれぞれ取り付けられていた枷の様な器具を見せる。
強いていうなら頭部に装着していたヘッドセットを外し、左手に掲げているくらいか。
「もしかして、それがパイロットスーツなんですか?」
「……そうだよ」
多少は恥ずかしいのか、奈々は少し間を開けて答える。美優が現在着ている国防軍のスーツと比べてもスースーしそうな外見をしているので無理は無いのだが。
「私は、河田 美優 一等海士。
年齢は18です」
今度は自分が応えようと、落ち着いた美優は自己紹介を始める。
だが、
「……え、マジ?」
突然、そこで奈々が遮る。美優が頷くと、奈々は自身を指差し、
「私、17……」
ボソッと呟いた。
「……え!!!
年下だったんですか!!?」
「ごめんなさい……まさか年上だったなんて……」
お互い、年齢の印象が「奈々>美優」だった様であった。余談だがこの時、美優は奈々を21~3くらいだと、奈々は美優を15か6だと思っていたらしい。
「それじゃ今働いては……」
「学生です」
「学生……あー……」
食い気味で返ってきた返答に、美優は嫌な思い出等を思い出してしまう。
実のところ中学時代、あまり成績が良くなかった。少々鈍臭い性格なせいもあって、一時期苛めにあっていたこともある。正直なところ思い出したくない、黒歴史といえる領域である。もっとも、地獄を経験した今となってはまだマシに思えてきたが。
そこまで回想していたところで、チーンというやたらとチープな電子音が響く。
階層を確認すると、エレベーターは地下22階に到達していた。
「着いた、みたいです」
慣れていなそうな敬語で言うと、奈々は扉を開く。
エレベーターは部屋に直接繋がっていたみたいだ。
故に開いた瞬間から、椅子に座った女性が二人のことをガン見していた。
「ホント、奈々ったら……なんでもかんでもすぐ拾ってくるのね」
「いやーごめんね、毎度毎度」
「そーいう優しいところは良いとこだけど……こないだだってG○SOHてきなの運んでた
「だからごめんてー」
親子みたいに慣れ親しんだ仲の様な会話が聞こえる中、ただ一人───いやもともと三人しかいないのだが───取り残されていた美優は一人物凄く緊張していた。
奈々と楽しそうに(ちょくちょく不穏な内容が聞こえてはくるが)会話するこのマダムっぽい淑女を、彼女はWikipediaに乗ってる様な情報程度にだが知っていた。
藤間
藤間重工創業以来、初の女性社長。
謎が多い性格をしているが、天性のカリスマ性を備えていると言われており、様々な子会社からも信頼を得ているという。
まさかそんな人物が
ていうか奈々さんなんでそんなフレンドリーなんですか!!?
心の中で美優は突っ込んでいた。ところで、
「そういうお
「そう?
んー、そうかねぇ……あーでもどうだろ」
「……おかあさん?」
聞こえてきた内容を反芻していた、心の声が漏れてしまう。
「あ、義理の母です」
「へぇ……」
複雑な家庭環境だな……と内心思っていると、
「そういえば君、横須賀の軍の基地に居たんだっけ?」
マダムに唐突に話を振られ、「は、ひゃい!!!」と変な返答をしてしまう。
奈々が何故か微笑を浮かべる中、
「昔馴染みの知り合いが横須賀で司令官やってたから、知ってるかなって」
特に気にすることもなく続けた。
「まさか栗林総司令のことでありますか!?」
「うん、そうそう栗ちゃん!」
「栗ちゃん!!?」
謎、っていうか、すっごいマイペースな人だなとなんとなく美優は思うのであった。
しばらくそんな感じで振り回されるだけ振り回された様な気分で半ば一方的な会話を終えると、美優は疲弊しながらもなんとか地上に戻ってくる。
特に何かを口止めされた訳でもなければ、寧ろ何の変哲もない雑談をしていただけという感じだった。
そんなこんなで、だが帰ろうにも「どこに?どうやって?ところでここはどこなんだろう?」と色々考えるべきことが出てき始める。
余談だが、あの惨劇からはもう既に二日経過していたらしく、今日はもう日曜日らしい。
少しの思考の末、彼女は
その頃、横須賀司令部。
その一画にある会議室で、その会議が始まっていた。
「会議中、失礼します」
ノックが鳴り、その部屋に国防軍の制服を着た女性が入室する。
男ばかりの空間内で隠れてしまうくらいに背丈が低く体つきも華奢に見えるが、つり目気味の目付きを含む凛々しい顔立ちが、大人びた雰囲気を醸し出している。
「舞鶴より参りました、刑部 真弓二等陸尉であります。
遅れて申し訳ありません」
「横須賀司令部、司令の栗林だ。
いやいや、寧ろ遥々舞鶴から良く来てくれた。
緊急召集に応じてくれて感謝する」
敬礼するまだ若いその女性士官に対し、栗林は微笑みながら敬礼を返すと「ささ、どうぞ」と言うなり直ぐに資料を渡す。
『新型機壊獣捕獲・若しくは駆逐作戦要項』
配られた
ページを捲ると、以前にニュースで見た映像に映るあの異形の機械の写真がプリントされている。
「これが、例の新型……ですか?」
女性士官 刑部 真弓は正直なところ、それについてはニュースで知った程度の情報しか知らない。
亀の様な姿をしている、機壊獣を攻撃対象とする機壊獣。
はっきりいって、分かっているのはそれだけの様だ。
彼女も交じり会議が進むが、お互いに分かっているのもそれだけらしい、ということだけ分かる。
槌出内三等陸尉並びに伊井戸三等陸尉の報告より、彼の機体の咆哮には機壊獣を惹き付ける何らかの仕組みがある、とされるが、やはり分からないことだらけであるらしい。
というのも伊井戸三尉の九七式及び警備所にあった八九式の残骸より辛うじて回収された音声データからも、特に「膨大な音」としかいえない結果に至ったという。
「……やはり捕獲してみんことには、わからんことだらけか」
「捕獲か、それが無理なら駆除か」
「だが、あの機壊獣の群れを一掃する様な奴だぞ」
「部隊が殲滅されかねん、となれば
会議が行き詰まり、他の士官達が唸る中、三人だけが映像が投影されたスクリーンに食い入る様に見つめていた。真弓と透、槌出内だ。
「何か、違和感あるんだよな……」
ボソッと槌出内が呟く。
「アレって本当に機壊獣なんだろうか……」
一人言の様に呟いていると、
「───あの!!」
真弓が、何かに気づいたのか席から立ち上がる。
丁度スクリーン上では、亀型機壊獣(仮称)が口から放射していた火炎を止め、獣型機壊獣に右腕を噛み付かれたところになる。
「今の動作、何かを庇う様に見えました」
その後、一度引き剥がして一体を倒すが、尻尾に別の一体から噛み付かれて仰け反った様にも見える。
そして、それはしばらく揉み合っていると、一度
「何かを守る様にしておきながら、それを捕食……にしては違和感があるかと思われます。
既存の機壊獣なら別の獲物を狙うはずですが特定します獲物に執着するというのは考えられません」
そこまで言いかけたところで、
「分かった!」
違和感の正体が分かった達成感からか槌出内がつい大声を上げてしまう。
どう取り繕うか迷ったが、どうぞと真弓から譲られる。
一度咳き込むと、槌出内はそれを明かす。
「───この機体、先程から攻撃を受ける度に痛がる様な反応を見せています。
機壊獣には痛覚は存在しない筈だがこの機体は痛がっている……つまり、痛覚が存在している、のかと考えられます」
槌出内のその発言に対し、場がざわつき始める
「機械に痛覚ぅ?
馬鹿馬鹿しい」
「が、確かに言われてみれば」
「ふーむ」
賛否両論、というか何というか。といった様子だが、
「素晴らしい着眼点だと思います、槌出内三尉」
真弓からは好評だった。
すると、
「すみません、自分からも一つ進言したいことがございます」
それまで無言だった透が挙手し、立ち上がる。
「ただ、この進言はあくまで自分の主観ですので、お二方程の説得力はございませんが」
そう言ってワンクッション置き、
「単刀直入に申しますと、あの機体は人が搭乗し操作しているものと自分は考えています」
言い放ったその言葉に、会議場は一層ざわつき始めた。
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