第五話:その名は『甲王牙』


 突然火炎放射を止めた異形に、一機の機壊獣が迫る。

「何してんだあいつ……まさか燃料が切れたとかか!!?」

 伊井戸 透は見ているだけにもいかないとばかりに、狙撃し始めた。

 後ろの一体の目の前に当て、バランスを崩させてヘイトをこちらに向かせる。

 運良くその機体を含めた後ろの三機がこちらに向き直り、そのおおくちを開く。直後、それらはそこから砲撃を仕掛けてきた。

 前三機は知らないが後ろの三機が『砲撃型』と呼ばれる亜種個体だったのは分かっていた。故に口から吐き出される様にして放たれた焼夷榴弾を、胸部の灰燼ガトリングを起動し直撃と予想できたものを迎撃する。

 すぐ近い位置の地面や木に一発、また一発と着弾し、爆発と同時に火が上がる。すると爆発で機体が煽られ、火によって照らされた機体に照準が集中して向けられる。

「くっそ……」

 姿勢を低くし、剥離パージしていた盾を左腕で保持して構えどうにかやり過ごす。

一輝かずきのやつ、面倒くさい機体預けやがって」

 無駄口を叩きながら、この状況をどうにかするべく考えを巡らせた。

その時、


『Gha↑ra↑g↓ra↑gra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』


 再度、異形の轟砲が響き渡る。

「今度は何しようってんだ……」

 ぼやく透の視線の先、暗い雲へと吼えた異形の機体は、無法者機壊獣達を睨み付けていた。


「127mm砲、榴弾装填!」

 奈々の読み上げに合わせて、甲王牙機体の喉を通って上がった榴弾が口内に装備された滑啌砲に装填される。

 音声入力という訳ではないが、この機体はパイロットの精神と同調しており、パイロットの思考・反射に対して機体の一部機能が操作、作動できる様になっている。思考するだけで武装を使用できるが、読み上げは彼女があくまでイメージをより具体化する為にやっているだけに過ぎない。

「放てぇっ!!!」

『グルルゥゥァァァッ!!!』

 唸る様な音が喉から響き、一拍開けたその直後に轟音と火焔を纏った榴弾を口から放つ。

 その一撃が後方に三機いた獣型機壊獣の一機に目掛けて音速に近い速度で飛翔し、背部に直撃する。騎甲戦車隊の70mm砲徹甲弾を平気で弾いていたその装甲を難なく貫徹した砲弾はその機体を派手に爆散させる。

 まもなく二発目を装填し、放つ。奥の一機の足元を穿ち、爆風で吹っ飛んだその機体がもう一機の上に重なる様に落ちたせいで、互いに動きを封じる枷となってしまった。

 そこへ、装填した三発目を無慈悲にも放たれる。奥にいた個体が砲撃型でまだ残弾が残っていたのか、そいつらは榴弾が炸裂してから数回誘爆する様に爆ぜた。

「127mm砲 徹甲弾装填」

 読み上げ、徹甲弾が装填されると、

「……いい加減に───」

 噛み付いた機壊獣ごと右腕を上げ、

「───放せぇっ!」

 その腹に徹甲弾を放つ。

 いくら背部は固くとも、腹部は70.0mm砲程度ですら耐えられるか微妙な程に柔い装甲だ。127mm砲の一撃には耐えられるはずがなく、着弾した位置から下半身と上半身で両断され、中から赤黒い液体やら変な塊を溢れさせる。

「……ッ───」

 それが何なのか、わかっていた奈々は、

「───くたばれ」

 ゴミを見る様な瞳で、上げた右手に未だ食らい付く上半身を、降り下ろしてコンクリとアスファルトの地面に叩き付けた。


 少し時間が遡る。

 地面に落ちていた、天井部が少し焦げている八九式のコクピットブロック。

 ガコンッという音を立てて、それのハッチが開く。

「───ったく!!!

さっきっからうっせぇな、なんだ一体!!?」

 痛むのか側頭部を抑えながら、槌出内二等陸尉がそこから顔を出した。

「───ッ!!?」

 その普通からそこそこ端正くらいな顔が仰天する。

 気がついたら乗機がやられており、コクピットから出てきてみれば阿鼻叫喚な地獄絵図、その中心には二足立ちする巨大な亀。気絶から覚めたと思ったらそんな光景を見せられた。頭がどうにかなりそうになっても仕方がない。

「なんだ、これは……」

 呆気にとられている合間に、次から次へと放たれる砲弾が機壊獣達を蹂躙していく。

 挙げ句の果てにその異形は、自身の右腕に食らい付く個体を文字通り鉄拳で破砕していた。


「……」

 何もいなくなったのを確認した奈々は、機能不全を起こしている右肘を左腕を器用に使うことで肥大な肩部装甲と甲羅部に格納し引っ込め、左腕・両脚も同じように引っ込めると、四肢を引っ込めた部位から蒼焔を吐き出し始める。

 尻尾に未だ食らい付いていた最後の一機を引っ提げたまま、甲王牙は上昇していく。

 そして、クルン、クルンと始めはゆっくりだったが次第に回転のペースが早くなっていく。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンと風を切る音を響かせ、回転が目にも止まらぬ早さになった頃には下を向いていた噴焔が並行を向く。そして機体が一度大きく振れたその時、尻尾を放したのであろう機壊獣が脱落し落下していく。

 それに回転したまま甲王牙は接近する。

 直後───ジョリジョリジョリジョリィィッ───ぶつかり、金属同士が何度も擦れ会う様な嫌な音が響き、数瞬の末に機壊獣の方が耐えきれなくなったのか空中で爆ぜて砕け散った。


───ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン───


 甲高い風斬音を立てながら、その機体はそのまま、北の空へと飛んでいった。


その頃、某所。とあるマンションの一室にて。

「んーっ……」

 書き損じの履歴書や、片側に何かの企業のHPホームページがプリントされたコピー用紙等が何枚も散らかるその殺風景な部屋にいた少年が、イヤホンを肩耳につけラジオを聞きつつ求人情報誌を閲覧しながら唸っていた。

 テレビはあるが、節電の為も含めて寝ながらできるラジオが丁度良いということでそうしている。あとパソコンはある分にはあるが回線を先月分で解約したのでもうネットは繋がらない。

「……良いところ、ないかな……」

 未だ幼さが色濃く残る可愛らしい顔立ちもそうだが、比較的小柄な体躯をしているせいで口を開か声を聞かせなければ少女と間違えられることも多いという。その少年は現在、見れば分かるだろうが就職難に嵌まっている状態である。

 無駄に伸びた髪の、揉み上げのあたりを少し指で弄る。

「……」

 ページを捲っているうちに、土木作業員募集の一覧に辿り着く。すると、その一画にあったとある企業の求人の『必要免許・資格等』の一覧に目が向かった。

 大型自動車免許・大型重機免許並びにフォークリフト免許保持者優遇

「……騎甲戦車の搭乗経験、じゃ無理だよね……」

 ぼやきながら、別のページに向かおうとした、その時である。

「……ん?」

 ふと、彼の意識が情報誌から外れた。そして、

「───ッ!!!」

 仰向けで寝ながらの姿勢だった彼は次の瞬間飛び起き、急いで近くにあったテレビのリモコンを拾い電源を入れた。

 丁度そのチャンネルではニュースがやっていた。

 ついでに言えばそこで、ラジオで流れていたものと丁度同じ内容をやっていた。

『昨日 夜23時頃、横須賀市 国防軍観音崎警備所を機壊獣が襲撃。

これにより同所は激しい攻防戦の末、壊滅的被害を受けつつこれを撃退した模様です』

「機壊獣を、撃退した……!!?」

 そのしらせに、彼の瞳が虚ろになる。

「……嘘……そんな、できるわけない───あんなの、どうやって……」

 ヒステリックにでもなったかの様に、少年は声を荒げる。

『たった今、同所の監視カメラからの映像が入りました。

───な、これは、なんということでしょうか!!?』

 突然、何の拍子も入れずにニュースキャスターが声を荒げ始めた。

 見ると、辛うじて無事だったらしい一台の監視カメラによって修められていたという映像が流されていた。のだが、

「───ッ!!!」

 それに映っていたモノに、少年は眼を見張る。

 深夜なだけあって暗く、しかも映像も多少粗い。だが、闇夜を打ち消さんとする紅焔に照らされたの姿が、彼にはハッキリと分かった。

「巨大な……」

 目測だが、その全高は8mほどだろうか。平均的な騎甲戦車の全高もそれくらいだが、はかなりの前傾姿勢だ。並どころか大型の騎甲戦車より巨大かもしれないそれは、彼の知る限りではある爬虫類の生物に似ていた。

「───亀……?」

 次の瞬間、映像の中で、それが吼えた。

 映像に音声は無かったが、一瞬ブレが発生したことからかなりの音量だったと推測できる。

 それに、今。

 気のせいだとは思うが、轟咆コエが聞こえてきた気がした。


「───ん……んぅっ…………」

 眠りに付いていた少女の目が少し開く。

 まだぼうっとしているのか、両目ともショボ付いている。

「……ここ、は───」

 やけにびしょびしょになっていたパイロットスーツに自然と目が行き、直後にその目が、開かれる。

「───私……どうして…………!!?」

 少女───川田 美優は、自分の記憶が無くなる直前までを思い出し、混乱していた。

 所属していた観音崎警備所で、機壊獣の強襲を受けて、それから───

「なんで……生きてるの……!!?」

 そこからの記憶がない。嫌みな先輩が、変な悪運に付きまとわれる上官や、他にもついさっきまで同じ基地で共にいた者達が蹂躙されていく姿が脳裏に焼き付いている。

 それなのに、何故自分は生きているのか、何故生きているのが自分なのか、嫌になるくらいの虚無感と共に疑問が押し寄せてきた。

「おっ!

お目覚めかい、お嬢さん」

 そこに、やたらと澄ました声が響く。

 一瞬ビクッと肩を震わせた美優は、一拍置いて振り向く。

 現れたのは作務衣に身を包んだ女性だ。

「そんな怖がんなくていいって。

私は藤間 渚とうま なぎさ

「……どうも」

 礼を返した美優は、ふと渚と名乗る女性の左胸に目がいく。結構おっきい胸の位置には若干煤や機械油で汚れていたが『藤間重工』と読めるラベルが刺繍されていた。

「藤間、って……もしかして、藤間重工の?」

「おー、よく分かったね……ってあ、これのせいか」

 快活な笑顔で、渚は答える。

「……私、なんで助かったのでしょうか?」

「それさ、助けてくれた本人には絶対に言うなよ」

「え?」

 笑顔が消えるほど真面目なトーンで返される。渚が顎を軽くしゃくりあげ、つられて美優がその方に目を向け、

「……あ───」

 そこにあったものが目に入り、凝視してしまう。

「───あれは……!!!」

 俯せになった、巨大な亀の様な機械。

 正面から見ているが、九列はあるだろうか。その上部には鱗の様な装甲がびっしりとついている筈だ。彼女達がいるところからだと、外側の列に並んだ装甲ウロコが丸刃ノコギリの様にギザギザと出っ張って縁を形成している部分が見えている。は暗くて良く分からなかったが、濃緑モスグリーン色をしている様だ。

 図鑑に載ってる恐竜のそれに似た趣を見せる頭部は、今や眠るかの如く垂れている。良く見てみると上顎の部分は嘴の様な装甲で覆われており、先端部が尖っていた。

 二人の位置からだと、その異形の両腕まで見ることができた。両腕ともスプレーのノズルの様な機構が施されている一際大きい肩部装甲ショルダアーマーを備えている。円盤になって回転飛行する場合、腕はこの中に格納されるのだろうか。そう考えると、あの時の蒼焔はこのノズルから噴射していたのだろう、と考察できた。

 そのうち、右腕は良く見ると肘部付近の装甲がへしゃげている等損傷しており、丁度今数人の作業員が修復作業に取りかかっているところだ。

「あの時の、ロボット……!!?」

 美優がそれに見入っていた、その時。

「GM-X01 甲王牙こうが

「───ッ!!!」

 今振り向いたので後ろ、渚のいるであろう方向から別の女性の声が聞こえてきた。

 振り返り直すと、後ろの扉からもう一人女性が入室してきたところだった。

 程好い艶のある黒髪をもう半年くらい伸ばせば腰に届きそうな程に長くした、自身と大差ないくらいの少女。

 まだ幼さが残る華奢な顔立ち。垂れ目気味ではあるが少し鋭い目付き。その顔の左半分は、分けられてはいるものの長い前髪によってほとんどが隠されている。

 さらにその少女は、変わった衣装を身に纏っていた。

 胸や鎖骨、臍などの凹凸がわりとはっきりわかる、首から下をピッチリと覆う黒いボディスーツの様な衣装それだが、肩や脇腹・太股などの一部に肌が露出している。

 さらに首元・手首・足首にそれぞれ枷の様な、少なくとも女の子のお洒落グッズには到底見えない無骨な外見の器具を取り付けていた。

 頭部にもカチューシャを兼ねているのであろうかヘッドセットを装着している。

「それが、何物をも通さぬ『タテ』にも、何物をも通す『ホコ』にもなる……機壊獣を駆逐する力───」

 先ほども聞こえたややハスキーな声音が、その口から発される。


「───静穏を願う守護者の名前よ」

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