第四話:異形、だけど守護者
長野県 蓼科高原
ここの一画に、その施設はあった。
藤間重工業株式会社 蓼科重機械工場跡地
その中の一区画にて倉庫を改装する形で擬装されていた、ディサイアの地下基地へと繋がる巨大なハッチが開く。そして、そこから飛行形態へと変形していた
ある程度───計器によると現在の高度は300mらしい───上がったところで、甲王牙が回転し始めた。
クルン、クルンと始めはゆっくりだったが次第に回転のペースが早くなっていく。
ヒュンヒュンヒュンヒュンと風を切る音を響かせ、回転が目にも止まらぬ早さになった頃には下を向いていた噴焔が並行を向く。そして一度大きく振れた機体は、すぐに横須賀の方向へと暗い空を駆けていった。
「リアクター出力安定領域、重力・慣性制御問題無し」
その機体の中で、奈々は全く影響を受けていなかった。オールビューモニターも平然と正面を向いており特に映像がブレたりなどしない。
そんな彼女は、ほとんど習慣になっていた計器の読み上げをしている。
「……初めての対機壊獣戦か……」
何度かは動かしたことがあったが、実戦は初めてだ。だが、恐怖心は無かった。むしろ、
「待ちわびた?
……私は待ってたよ、この時を」
抑え切れない高揚をさらけ出す様に、彼女は自分の機体に語りかけていた。
「───そろそろだね」
まだ雲の上だが、下は惨劇になっている頃合いのはずだ。
無線を利用してラジオの電波を拾っていた為に、それが報道されていることを彼女は知っている。
「127mm滑腔砲、回転飛行形態のまま射撃モードに移行」
彼女が口にした直後、オールビューモニターの真正面に照準のアイコンが表示され、それを横切る様に赤い線が伸びた。この線の様なものは機体の正面に固定されている砲の照準を示す赤い点なのだが、機体が回転している為に線の様に表示されているのだった。
音楽ゲームで例えるなら、照準がボタンでそこを横切る赤い点が音符で、それに合わせて
そんな中、彼女は銃爪を引いた。何も迷うこと無く、右手の人差し指が挿入されたリング型の操縦キーを引く。一発だけでなく何発も。
そうして、やや右にずれた照準から放たれた
「───きゃぁぁぁっ!!!」
凄まじい轟音を上げながら高速で回転する円盤が空からやってきたかと思えば、低空でホバリングを始めた。
噴射する蒼い焔が地面に当たり、そのバックファイアで下にいた美優の体が包まれる。
「うわぁっぷ!!!───」
どういうわけか、その焔は見た目の派手さに対してあまり熱くない。ただ光る色がついただけの温風に晒され、だがそれは台風並の暴風だったが故に、小柄な美優の体はいとも簡単に押し倒されてしまう。
「いたっ!!!」
大気の激流にまみれながらも、低い姿勢のまま打ち付けた尻を擦る。
その頃、円盤は突然、妙な動作をした。
カカカカッ!パシュゥゥゥン!カシュゥン!
軽快な音を立て、それの上部を覆っていた装甲が一斉に開き、直後に白い気体を噴射したかと思えば開いた装甲を閉じたのだ。
「なに、今の……?」
あまりのことに思考が追い付かず、関心する様な反応をしてしまう美優。
すると間もなくして、円盤から吹き出していた四本の焔が消え、その位置から四肢の様なものを伸ばしたそれが落下する。
ズシィィィン、という鈍重そうな轟音を立て、美優がまた吹っ飛ばされそうになる程の衝撃を発生させながら、それは降り立った。
恐竜の様な厳つい顔立ち。
歪な円盤の途中から生えた巨木の様な
鬼の持つ棍棒の様に無骨な、しかしそれでいてしなやかに動く、尻尾の様なもの。
「カメ、さん……?」
なんとなく円盤を甲羅に例えて、カメに似ていると美優は思うことができた。
そのカメの様なものは、エメラルド色の瞳を輝かせると、暗黒の空を仰いだ。
そこまで確認したところで─────
『Ghah↑ra↓ra↑ra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』
「───ッ!?!?!?」
カメにも似たその異形が轟咆を放ち、それをほぼ真後ろだが至近距離で受けた美優は単に音量が凄まじくて驚いたのとこの世のものとは思えない絶叫への恐怖とその他もろもろにより、全身の穴という穴から色々な液体を垂れ流しながら失神して仰向けにぶっ倒れた。
異形の轟咆が響き渡る。
「あいつ、本当に新型の機壊獣か!!?」
ズタボロになっていて
問題はその轟咆ではなく、それに反応するかの様に機壊獣達がその異形のことを見ていることだった。
「まさかあれで指揮してる、なんてことはないよな?」
冗談半分にろくでもないことが、口から漏れ出したその時、
『キュォオオオォ───ォン!!』
『『キュォオオオォ───ォン!!』』
『『『キュォオオオォ───ォン!!』』』
機壊獣達が一斉に反応し出し、異形へと向かっていった。
そこへ異形は、その大きな
「……何なんだよ、アレは……!?」
その様子にはさすがに、呆気にとられていた。
「火焔放射システム、起動───」
奈々が言うのと同時に甲王牙の口が開き、そこから赤い焔が漏れだした。
「───焼き払えっ!!!」
彼女が命令する様に言った直後、甲王牙の口から火焔の激流が流れていく。
獣型に限らず、機壊獣の装甲は機動兵器としては異様な程に堅い。
その装甲でも防げない高熱の激流が、機壊獣の体を舐め回し、内部から焦がしていく。
一機が耐えきれずに昇天し、爆散。続けて一機、一機、また一機と爆ぜていく。
レーダーの画面に映る点が次から消えていき、気づけば点の数はあと六つになっていた。
「……フヒッ……!!」
愉悦に充ちた笑みを浮かべる奈々。
「……ッ───」
だが、それも右下に目線が行った一瞬で消え失せる。
「───人……!!?」
女性の様だが、仰向けで倒れており意識が戻る気配を感じられない。
死んでいる様ならそれはそれで問題かもしれないが、もし気を失っているだけだったら───この人を攻撃に巻き込みかねない。
「火焔放射中止、口部急速冷却!!」
彼女の命令に反応する様に、甲王牙は火焔放射を止め、口部の放熱を開始する。
オールビューモニターに放熱時間を示す30秒カウントがウィンドウで表示され、それと同時にカウントが開始された。
「これじゃすぐには回収できない───」
その時である。
火焔放射で倒れ黒煙を発する残骸を掻い潜ってきた獣型の一機が、この女性に食い付かんと顎を開けて疾走してきた。
群れが崩壊しようが関係無く、自分の飢えを満たす為に行動している。
すかさず機体をしゃがませた奈々は、右腕を翳す動作で彼女を庇う。
「ぐっ───」
肘部に噛み付かれる。
そして、ミシッと嫌な音が聞こえた直後に過負荷と損傷を示すアラートが鳴り響く。
「───あぁぁっがぁっ!!!」
ほぼ同時に、彼女も苦痛に呻き叫んだ。
痛覚共有───機体が受けたダメージと同レベルの痛みをパイロットは感じることになっている。
「ごめんね……痛いよね……でも、今は……!!!」
立て続けに左側からもう一機が突っ込んでくるのに対し左腕を振りかざし、裏拳の要領で殴り付ける。一撃で頭部の装甲が剥がれ、倒れる。そこに奈々は左腕を降り下ろして叩き潰した。
レーダーから反応が一つ消える。
開いた左腕で、右腕に噛み付いていた個体の顎部を殴り付け拘束を解く。
「───ぐっ……」
解放された右腕が視界に入る。装甲部がへしゃげて、所々に開いた歯形の亀裂からオイルが漏れ出していた。痛みのせいもあるだろうが、肘の間接がイカれたのか腕が曲がらない。
その時、
「───あぁぁぁっ!!?」
予期せぬ痛みが奈々を襲い、身を悶えさせる。一機が後ろに回り込み尻尾へと噛み付いたのだ。
その痛みのせいで、
『キュォオオオォ───ォン』
「───ッ……!!!」
反応が遅れた。その隙を狙うかの様に前の個体が倒れた女性を捕食せんと顎を開けたのだ。
出遅れた一瞬では他にどうすることも考えられず、そこに右腕を翳して噛ませた。
「……ぐぅっ!!」
今度は手首に噛みつかれる。
この時、強いて運が良かったと言えるのは、後方にいる残りの三機が明後日の方向を向いていたことだ。
そして、その時は訪れる。
「───来た!!」
放熱完了を示すアラームが、コクピット内に響いた。
甲羅があるせいもあって元より前傾姿勢気味だった甲王牙が左腕を地面に着けることで四つん這いになり、コクピット内の奈々が口を開く動作をするのと共に、その大顎を開く。
そして、右腕を上げられるだけ上げて機壊獣をどけると、甲王牙は女性を器用に掬い上げ飲み込んだ。
「───ぅぐっ・・・!!」
少し間を置いて、反応が起こる。
保護膜展開
対象保護 バイタル 生存確認
保護膜 包装完了
「フヒッ……フヒヒッ…………」
痛みも忘れるくらいに、奈々は笑い出していた。
これで存分に暴れられる。
「……反撃、開始だよ───」
呟いてすぐ、
「───
叱咤する様に奈々が吼える。
すると、
『グルルルルゥ……ッ』
一度、応答する様に唸った甲王牙は
スゥゥゥ─────────
息を吸う様に空気を取り込み
『Gha↑ra↑g↓ra↑gra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』
今一度、轟咆を闇色の空へと放った。
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