第二話:継がれし想い、流星と共に
横須賀 国防海軍司令部
「国防陸軍 牛久駐屯地より参りました、
「私は栗林、ここ横須賀海軍司令部で司令官を勤めている。
わざわざ茨城から遥々、御苦労だったな」
「いえ」
まだ幼さを残す少年と、初老近い壮年の男性が執務室で話していた。
少年、といってもこの伊井戸 透という人物は、少し特別な扱いを受けていた。
少しばかり感受性が他人と違うだけのごく普通の少年。その筈だった彼は、空間認識能力がどうのこうのと検査で言われ、国防軍に入ることを薦められてそのまま中学を卒業と同時に軍教練学校へ進学。半年間の訓練期間を首席で終え、気が付けばここにいたというくらいスムーズに一年間で三尉にまで昇進している。
「それで、つかぬことをお聞きしますが……」
「あぁ、そうだったな」
聞かれる前に、席に着いている栗林は透に机から取り出したA4の茶封筒を渡した。
「……これは?」
「つい二週間前、中国で新型
「あ、はい……一応ニュースでも話題になっていたので、小耳に挟んだ程度ですが」
何か関係があるのだろうか、と思いながら受け取った茶封筒の紐を解いた。
「それとこれと、『関係あり』とは断言できないがな。
「はぁ……」
取り出したものは、例の事件に関するレポートだった。十数枚に及ぶA5用紙にびっしりと文字が書かれ、周辺の上空写真すら数枚入っていた。
「……?
これ……」
そのうちの後半三枚だけが別の冊子になっていることに気が付く。そして、それが何か、透には覚えがあった。
「機壊獣が初めて確認された時のやつ、でありますか」
「正確には、人類に初めてやつらが機械であると認識されるきっかけとなったものだ」
「そうですね……」
ペラペラと捲っていく透。
「ところでその話は、今のところは頭の片隅に入れておいてくれるとありがたい。
が、もう一つ……」
そんな彼に対し、栗林は話題を変える。
「先程……時刻は確か
警備任務に当たっていた海上保安庁の巡視船一隻が、潜水艇の船団の様なものを発見とだけ伝え、以降消息を絶ったそうだ」
「船団、ですか……?」
資料を封筒に仕舞いながら、相槌を打った透は彼に目を合わせた。
「一応監視衛星に問い合わせたところ、それらしきものが横須賀に接近しているらしい。
予想では本日
そこまでで一度区切った栗林は、一回咳を挟んでから続ける。
「───あくまで私の予測だが、恐らくそいつらは機壊獣だ」
「……つまり自分はそれを確認しろ、と言うのでありますか?」
聞いた透の瞳は、何故か嬉しそうに輝いている。だがそれも、
「いや、君には長距離から狙撃してもらう」
「……へ?」
次に続いた栗林の言葉によって失われてしまった。
「あいにくだが、もう既に警備所の方は迎撃準備が整っていてな。
万が一に備えて、君は高台から警備所前の海を眺めてて、万が一があればそこから狙撃してくれればいい」
「そうですか……」
少し考えた透は、
「……わかりました。
任を受けます」
渋々と、請け負うことにした。
丁度その頃
国防軍所属 観音崎警備所
「急げ急げ!」
いつも以上に慌ただしくなっていた。
潜水艇の様なものが接近中の為、戦闘準備せよ。とだけ言われている。
その第一倉庫と看板に書かれた建物の片隅にて。
「はぁ……」
「どうしたの?
溜め息なんかついて」
「どうしただって……?」
「……」
第一倉庫の裏で二人組の女性兵士達が話している、丁度そこに
(あれは北島先輩と蒲田先輩……)
二人共階級は一緒だったが、半年だけ先輩だった。
蒲田はともかく、北島は少し嫌味な先輩だった。今朝も何時もの如く彼女のことを弄っていた。パワハラと感じたことこそ無かったが、それ故かギリギリ鉢合わせする直前で止まれてホッとしていた。
「アタシゃ明日から非番だってのに何で今日なんだよって話だよ!
報告書とか報告書とか機体のメンテナンスとかそれの報告書とかで暫く休めないじゃんか、めんどくせぇ!」
(私だって明日は久しぶりの非番でしたよ……)
北島のぼやきに心の内で同情する美優。それにしてもだが、やけに荒れている様を見る限り相当苛立っていることは理解できた。
「彼氏と会う約束でもしてたのか?」
「バッ……違ぇよ!!
彼氏とかまだそんなんじゃ……」
「
(えっ!!
北島先輩彼氏いたんですか!!?)
一人唖然とする美優。
「幼馴染みだよ、ただの。
昔よく遊んだり買い物いったりなんだりしてたけど」
「やっぱり彼氏じゃないか」
「違うっての!!」
(北島先輩意外に女の子してたぁ───!!!)
サバサバした性格のイメージが強かっただけにか、意外過ぎてどう反応すればいいか分からなくなっている。
「それで、やさぐれてんのか?」
「~~~ッ!!!」
暗いため見えていないが、多分赤面しているだろう。
「まぁ、あれだな。
後でお詫びになんか喜びそうなものを買ってやったらどうだ?
それで、今日は頑張った、ってことを伝えてやればいいさ」
「……そうか?」
「付き合ってないってんなら尚更だろ?
ヤンデレとかじゃない限りな」
「それもそうだけどな」
「なんだ、お前が会いたいのか?」
「そうじゃなくてだな!」
聞いててすごい会話。実際、彼女らは大して年齢も差がなかったが。
(青春してるなぁ……)
昔から国防軍に憧れていて小学校も中学校も
(って、そういえばあの二人って準備大丈夫なのかな!!?
って、私も!!!)
自分も用があってこっちに来ていたのを忘れかけていて、それを済ませようとしていた。
その、歩き出した時である。
「河田、おまえここで何してんだ?」
「ふぇっ!?」
突然、男性兵士に話しかけられる。
「丁度良かった。
お前確か八九式に乗れたよな」
「八九式、ですか……い、一応は……」
「おう!
それじゃ俺の隊に加わってくれ」
「ふぇっ!!?
私補欠ですよ!!!」
「俺の隊、今一人欠番なんだ。
助かったぜ」
「い、いやそんな……!!!」
「んじゃ、今からブリーフィングやるからついてこい」
「あー私の方がツイてない……」
彼女の用事とは配置について聞きに行くことだったのだが、即行で終了してしまった。
時刻、22:11
そこは、とある廃村にある廃工場の地下にあった。
慣れない人からすれば超未来的にも感じる、まさに『謎の秘密結社の秘密基地』的な趣をした空間。
ここが、稜江 奈々の新たな家族───正確に言うなら、彼女の養母が仕切る私設武装組織『ディサイア』───の
奈々が様々にある区画を抜け、そこにやってくる頃には、
「遅いよ!」
「ごめん、ちょっと手間取って」
叱咤され、謝った奈々。彼女は現在、制服から一転して特殊な衣装に着替えていた。
肩や脇腹、太股など一部が露出しており、少し冷える。さらに首・手首・足首にそれぞれ枷の様な器具を取り付けていた。
頭部にもヘッドセットを装着し、これで彼女も準備が整っていた。学校に居たときとは違い、もう半年くらい伸ばせば腰に届きそうな長髪は纏めずにそのままにしており、前髪も彼女の顔の左半分を隠していた。
彼女がやってきたのは、がらんどうになった空間。その中心にある土台には、彼女の機体が鎮座していた。
楕円形の様な姿の、円盤。
楕円形といっても一言では表現できないこの歪な形状を、以前に奈々は親しみを込めてこう表現していた。『上から見ると卵、前から見るとどら焼き、横から見るとニホンイシガメ』と。常人にその感性はよく理解できないと思うが。
「おまたせ」
機体に向かい、奈々は微笑む。
「先代機から託された牙、だっけ?
この機体の名前」
「表記はね」
「表記『は』?」
「
実は、それからとったの」
「……そっか」
少し間をとった渚は、
「そんだけ大事なら、壊すなよ」
「分かってるよ」
それだけ伝え、他の整備士達と共にそこから退避した。
「総員、退避ぃ───ッ!!!」
渚の号令によって作業員達が一斉に退避する中、機体の中腹部で中釣りになっているパイロットシートに座った奈々。
するとシートが上に持ち上がり、機体の中へと収納される。
「パイロットシート、収納完了」
格納され仰向けの様になった奈々は、その姿勢のまま操縦桿を操作し、機体を起動する準備を行う。
五本指用の輪が中に入った箱形の操縦桿。そこに指を入れると、腕輪が固定具の様なものに拘束される。
「神経接続、準備完了」
脚も固定具によって固定され、肩・脇腹・太股・
「接続開始」
彼女がそう言った直後、
「───ッ……!!!」
一瞬身震いし、
「……ん……」
間髪入れずに、悶える様に目を瞑り、
「───んっ、ぅあぁっ……あぁぁっ!!」
奈々は喘ぐ様な、言葉に成らない声を発して仰け反った。
太股の内側を、一筋の液体が伝う。
「……はぁ……ぁあっ……んっ……!!」
一瞬でそこに達しビクビクと身体が震える中、同時にこの機体のメインモニターが点灯した。
「接続、完了……、はぁ……
息を荒げながらも、奈々はそのままシークエンスを続ける。
「オールビュー・モニター、正常に稼働……」
段々と荒かった息は収まってきた。
「機体コード……GM-X01、……起動、成功……!」
カカカカッ!パシュゥン!カシュン!
軽快な音を立てながら、鱗の様にびっしり並んだ上部装甲群が一斉に開き、開いた空間から蒸気を排出してまた一斉に閉じた。
「急速排熱機構、正常稼働確認。
メインスラスター───」
「───点火!」
22:50
横須賀 国防軍観音崎警備所
崖になっている海側に並んだ本来なら礼砲用の70mm砲十二基は、現在本物の榴弾が装填されているだろう。
さらに警備所本棟前にはかつて国防軍の主力機だった八九式騎甲戦車前期型八機が実戦用装備でスタンバイしている。
その警備所を見渡せる位置の高台に、透の搭乗する機体はスタンバイしていた。
九七式中型騎甲戦車。チハの愛称で知られている日本国防軍の現主力騎甲戦車だ。
自衛・迎撃用の5.56mm機関砲二門を頭部にと、胸部にM61バルカンの国産版である20mmガトリング『
さらに現在この機体には専用の70mm対物狙撃砲が装備されており、彼はこれでここから狙撃することになっている。
「……」
数刻前のこと。
「そういえば」
執務室を出る直前、栗林司令に呼び止められていた。
「そういえば、君ともう一人呼んでいたはずなんだが」
「もう一人、とは?」
「うーんと確か、『もののべ』君、って読みで合ってたかな?
『
確か君と同期だったはずなんだが……」
「……彼ならもう辞めましたよ」
「……あらぁ、そうか」
そんな会話の後、透は執務室を後にしていた。
「……クソ」
一人、狭いコクピット内で透は毒づいていた。
その時、
『目標、目視で確認できます!』
通信でそれを知らされる。
それと同時に、砲撃音が響いた。
『3』
『2』
『1』
『目標、上陸しました!』
それは上陸した。崖を伝う様に登り、その勢いのまま70mm砲を押し退け、踏み潰して。
『あれは───』
上陸してきたそれは、異形だった。
鉤爪が生えた狼の様な四脚。
鞭の様にしなる、先端がアンカー状になった尻尾。
『キュォオオオォ─────ォン!!』
『キュォオオオォ─────ォン!!』
『キュォオオオォ─────ォン!!』
上がってきたそいつらは、甲高い遠吠えを暗い空へと放っていった。
『───機壊獣です!』
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