第一話:背中に救われた少女
「はぁ…はぁ…はぁ……!」
息を切らしながら、まだ幼い少女は走っていた。
元は商店街だった、ぼこぼこになった道路を。あちこちから火の手が上がる街の中を。
空を飛ぶ大きな鳥から逃れる為に。
2037年 11月
茨城県 某市
かつては城下町として栄え、今でもこの時期になればその名が冠されるイベントが行われ活気付くはずのこの街は、今や惨状と化していた。
「はぁ…はぁ…はぁ……!」
街中の至るところで爆発が起き、その度に聞いている者が鬱になりそうな程の悲痛な叫びが響く。
そして、
『キョェェェ─────ェッ!!!』
さらに木霊する気味の悪い音声が彼女を戦慄させた。
空を飛翔する、大きな鳥。
そうとしか表現のしようがない存在が、この街の人々を襲い、その血肉を貪り喰っていた。片方の手首だけが転がっていたり、大量の血が壁やアスファルトにこびり付いていたり。
生きた人だけでない。倒壊した家屋から、既に亡くなっているのか気を失っているだけなのか、あるいは明らかに死んでいることがわかるものをも捕食していた。さらには犬や猫をも捕らえ、挙げ句の果てにその辺に生えた樹木すらもかじり折ってはかりんとうでも食すかのようにボリボリと平らげてしまっている。
一角に神社、もう一角に八百屋がある歯科医院目前のT字路に差し掛かった。下ればこの商店街を抜けられる。
その時だった。
『キョェェェ─────ェッ!!!』
甲高い鳴き声を上げる、一羽の鳥。
それが急降下しながら少女に後ろから襲いかかった。
「───ッ!!!」
その場に倒れる様に伏せる少女。その真上を掠め、大きな鳥が通り抜け───ようとしてそのまま、T字路の一角にあった神社に激突した。
その通り過ぎる途中、血の様な鉄錆臭さと機械油の様なデロンとした臭いが混ざり、少女の鼻を刺激する。
恐怖、さらに疲労と息切れの苦痛で摩耗していた少女は吐き気に見舞われるが、我慢して進んだ。
坂を降りようとしたその時、さらに別の一羽が襲ってくる。
適当な───看板を見たところ元は駄菓子屋だったらしい廃屋の影に隠れ、通り過ぎるのを待つ。すると二秒も経たない内にその時が来た。少女は迷うことなく走り出し、坂を下っていった。
この街にいるこいつらは、一羽二羽どころではない。
数え切れない程に、夥しい数のそれがいた。
そんな中、彼女が向かっているのは、坂を降りてさらに先にある市役所地方支所。
ここには何かあった時の為に、地下が避難できる様になっている為だった。
坂下にあるお寺を通り抜け、壊れた柵を抜けてドラッグストアを抜け、その先の役場にたどり着───
「うわぁっ!!!」
───く直前、ようやくその敷地に入ったところで、少女は駐車場の段差で躓き転倒してしまった。
「……いった、ぁい……」
立ち上がろうとしたが、もう立てない。
「……っひぐ……うぇぇ……」
一筋の水滴が、少女の頬を伝う。
「……た……、け……」
何か言おうとした少女。だが、自分でも何を言っているかわからないほど声が枯れていた。
『キョェェェ───ェ!!!』
それを確認した一羽の大きな鳥が、彼女へと向かっていく。
わざわざ後ろに回り込んで降下し、彼女に低空から襲いかかるつもりだろう。
「……誰か……助けて……!!!」
息が上がり、声がまだ上手く出せない。
『キョェェェ───ェ!!!』
けたたましい鳴き声を上げながら、降下した大きな鳥が低空のまま突っ込んでくる。
───ヒュンヒュンヒュンヒュン───
何か風を切る様な甲高い音が耳に入っていた。
迫り来る死への恐怖で、全くの意識外だったが。
「……怖いよぉ……!!」
───ヒュンヒュンヒュンヒュン───
段々と大きくなっていく音。
『キョェェェ───ェ!!!』
段々と近づいてくる大きな鳥。
「……誰かぁ───!!!」
今まさに、大きな鳥の嘴が少女の身体に
その次の瞬間、
凄まじい衝撃が起こり、少女の身体が自身の身長程の宙を舞った。
「───ッ!!?」
吹っ飛ばされ、そのまま自由落下した少女は「あでっ!!?」と悲鳴を上げながら地面に叩き付けられた。
「
俯せに倒れた少女はゆっくり上体を起こす。
思いっきり打ち付けたお腹を擦りつつ、やたら濃い砂ぼこりを帯びた風の方へと恐る恐る振り向き、
「……え……っ」
それが視界に入ったとき、少女は言葉を失っていた。
そこにあったのは、壁。
さらに遅れて、ズシィィィン、と、落ちた何かがアスファルトへ叩きつけられる音が響き、風が舞い上がる。が、少女は見入っていたせいで気づかない。
その風の影響か、段々と砂ぼこりと涙で滲んでいた風景が段々と
至るところから蒸気を溢れさせていた、少し丸みを帯びた巨大な壁の様なもの。
実物を見たことは無いが、彼女の知るもので例えるならそれはさながら、火山の様だ。
巻き上がる風。それにより、さらに鮮明になったその姿。
巨大な甲殻が幾重にも重なっている、それは───巨大な異形の背中だった。
遅れて落ちたのはその異形の尻尾。
よく見るとそれは太い脚の様なもので、大きな鳥の一羽を踏みつけていた。
その鳥だったものの姿も、少女に衝撃を与えた。
「ロボット……?」
黒澄んだ甲殻がへしゃげ、垣間見えた断片が明らかに金属であり、ショートした回路や導線等が、赤黒い液体や木屑などにまみれ浸かっていた。
『ガ、ガガ、ギョゲ、ゲゲ……ッ』
断末魔の様に、歪な電子音が虚しく響いたと思うと、それは小さく爆発し、炎上し始めた。
「…………」
20mくらいはあるはずの役場の建物よりずっと大きいと感じた、それが、動く。
『グルルルルゥゥ───』
少し仰け反りながらそれは、
スゥゥゥ─────────
深呼吸でもしてるかの様に空気を吸い始め、
直後───
『Ghah↑ra↓ra↑ra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』
この世のものとは思えない───絶叫にも似た轟咆を響かせた。
「───うぅっ!!?」
あまりの音量に、少女は耳を塞ぐ。
それが終わった直後、
『キョェェェ───ェ!!!』
『『キョェェェ───ェ!!!』』
『『『キョェェェ───ェ!!!』』』
『『『『キョェェェ───ェ!!!』』』』
少女が来た方向から鳥達が一斉にそれへと向かってきた。
二十羽はいる様にみえた大群を前に、それは、またもや深く深呼吸したかと思った。
直後、それは火球を発射した。
強烈なるその一撃は、何羽もの───十羽以上はいただろうか?───鳥達を巻き込み焼き払っていく。
もう一発。直撃した一羽を爆散させ、火が付いた大・小の破片が近くの五、六羽や下のドラッグストア周辺を巻き込んだ。
あれだけ居た大きな鳥が、残り四羽になっていた。そこにもう一発、それは火球を放つ。
一羽に直撃し、それは爆散した。
残った三羽が逃げる様に散開していく。
残されたのは、その場に尻餅をついた少女とそれだけ。
その時、それは少女へと振り向いた。
「……!!!」
火山の様な壁を背負ったそれは───巨大な、恐竜の様な顔をしていた。
『Ghah↑ra↓ra↑ra↑rararararaaaaaaaahhh!!!!』
曇天の
その時、少女はそれに手を伸ばした。
その行為に意味が合ったのかは、少女自身にも分からない。
ただ、何でもいいから何かに救われたくて、目の前のそれに手を伸ばし───
「ん……」
マンションの一室にて。
ベットで寝ていた、少女は目覚めた。
気が付けば仰向けのまま右腕を真上に上げ伸ばしていた。
寝ぼけ眼で起き上がって、少し考える。
少し間を開け、軽く溜息を着く。
思い出したくもない、かつて故郷だった地での惨劇を今になって夢で見たのだ。
「なんで、今さら……」
最近はあんまり見てなかったのに、と一人愚痴りながら、自分の部屋を無意識に見回す。
「……あ」
そして、時計に目がいったことで、ようやく見た夢への疑問が脳からどこかへいった。
AM 7:08
「もう、起きなきゃ」
長く伸びた髪を手早く襟元で纏めた少女は、新たな学校のホームルームに遅れない様に身仕度を整えることにした。
2037年 彼女の故郷は惨劇によって、地図上から消失した。
2045年 4月
神奈川県 藤沢市
今日から彼女は、新しい高校に通うことになっている。
大学や小学校、中学校と併設されている、とある私立高校だ。
その日は丁度新学期が始まる日であり、彼女は下見で覚えた道をそのまま歩いていった。
式も終わり、各々の生徒達が自身の教室に入る。
その一角の、二年二組の教室の前。担任から促された彼女は入室した。
「今日からこの学校に通うことになります、
どうか、よろしくお願いします」
「
好きなものとかないですかー!!!」
簡単な自己紹介を終えた直後、いきなり飛び上がった女子生徒がメモを片手にそう言ってきた。
「好きなもの……」
多分食べ物のことだろうが、ベタだろうか?
そう考えた奈々は少し考え、
「……動物、かな?」
特にこれといって好き嫌いは無かったので、そう答えた。
「ほうほう、動物ですかぁ!!
ではどんな動物がお好きなのでしょう!!!」
「カメです」
即答。直後、一瞬教室内はシーンと静まり返り、「お、おう」などと気まずく呻くのさえ聞こえてきた。
「………わぁぉ……意外と渋いですね!」
「そうですか?
可愛いですよ、亀」
「いやまぁ可愛いとは思いますが、ちょっとまぁ意外だなーなんて」
「……?」
「とっ!!
とにかく、次の質問です!!!」
その生徒は案外、想定外なことには苦手だった様である。でも、亀が好きなのの何処が意外なのか、と一人腑に落ちないまま、その平和な一日は過ぎていった。
時刻 18:15
学生達は学校から家に帰る時間となっていた。
小田急江ノ島線 藤沢行き
現在、善行駅を過ぎ藤沢本町、藤沢へと向かっている
「~っ♪」
電車に揺られるその間、奈々は
「~っ♪」
流れている曲を鼻歌でトレースしながら、画面のアイコンをリズムに合わせてタッチしていく。その度、シャンシャンシャンとタンバリンの様な軽快な音が鳴る
「~っ♪」
曲がもうすぐでフィニッシュを迎える。ここまでノーミスだ。サビが終わりいよいよラストスパートとなった───その時、
「───あ……」
一通のメール。その通知のせいで全部台無しになった。
残ったリズムの数だけ一気に体力ゲージが削れていき、最後の一個が通ったときにはゲージはもうギリギリのところになっていた。
あやうく失敗するところだったが、パーフェクトじゃなくなったら彼女にとってはもう失敗したも同然である。
「こんな時に……」
リザルト画面を確認し、一回アプリを閉じると、奈々はメールを確認する。
宛名は、自分が姉として慕っている人物……というか、義姉から。
「……」
黙って確認し読み終わる頃、丁度藤沢駅に付いた奈々は電車を降り、そのまま改札を出た。
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