甲王牙 ーKO-GAー

王叡知舞奈須

第一章:These Monsters are the Guardians of the Universe

第零話:プロローグ




五島列島 福江島沖 南南西約200km


東シナ海 深海部



 その暗黒の世界に、その潜水艦はいた。



 中国海軍の遠征58号型潜水艦、と同型の潜水艦。



 この艦は既に退役し中国海軍を去っていたのだが、解体も処分もされることなくこうして海をさ迷っていた。



 それは、無名のならず者達が解体待ちだったそれをぶんどったものだった。



 今やそれは無銘の潜水艦。




「さぁて、これを日本の奴等に渡せば依頼達成だな!」

「「「おぉ!」」」

 その艦内にて、なにか筒状のものを持った男が他のクルー達を仕切っていた。艦のクルーは総勢で七名。随分と少ないであろうが、一人一部署で充分に稼働できていた。

「にしても、その日本人イエローモンキーは何でこんなもの欲しがるんすかね?」

「わかんねぇ、が、それだけすげぇもんなんだろう」

 実際のところ、これが何なのかを男達は知らされていない。

 まぁ、実際興味は無かったが。

「とりま、これで俺らは大儲かりだ!」

「あぁ!」

 彼らには、これを届けた後に大金が手に入ることになっている。

 それさえ手に入れられれば、彼らには他のことはどうでも良かったのだ。

 だが、その時。

「───ッ!!!」

 艦内が衝撃で揺れた。

「なんだ!!!」

 ソナー手が確認する。

 すると、艦底部に巨大な岩の様なものがぶつかったらしいことがわかった。

「岩礁……?」

 ソナー手が呟く。続けて彼は各計器類を確認した。


水深 452.3m

北緯 30.84 東経 128.25


 この辺り一帯は直径約1000km程のクレーターができており、比較的浅い大陸棚上にある東シナ海この海の中でも水深が異様に深くなっている。

 その端に近い位置ではあったが、クレーターの終わり───水深が約200mとなる浅い海域までまだおおよそ50kmはある筈だ。

「……何でこんなところに───」

 その時、ゴゴゴという鈍い音と共に小刻みの振動が艦を揺らした。

「な、何だ!!!

地震か!!?」

「───ち、違う!

これ、岩礁なんかじゃねぇぞ!」

 そして、船体に一際大きな衝撃が走り、それと同時にミシミシと嫌な音が艦内に響いた。

岩の様なものから出てきた何かに挟まれて───否、

「これは、『キカイジュー』!!?」

 驚愕を口にする隊員がいる中、その声は響いた。

『そんな下手物ゲテモノと一緒にしないでほしいですね』

 接触回線によるものか、この岩の様なものから発信されたとされる声が聞こえる。それも、まだ若い女性の声だ。

「お、女ぁ……!!?」

『貴方達は、自分達が何を持っているのか知っているのですか?』

 その声が、続けて問いかけてきた。

「ケッ!

んな事、知るかよ!」

「そうだ!

俺達はこれを運べとだけ言われたんだよ!

小切手で100万ドルをポンッってくれてな!」

「そうだよ」

 乗員達が思い思いのことを言い出し騒ぎ始めた。が、

『……哀れです』

 その一言で、その場が一瞬で凍りついた。

「何ぃ?」

「てめぇ今何っった!!!」

 艦員の罵声が浴びせられる。

だが、

小切手一枚そんなものの為に、が哀れだと言ったのですよ』

「……は?」

 返ってきたのは、ただ冷ややかな返答。直後、

「か、艦内温度上昇!!?

艦内のあちこちで火災が!!!」

 オペレーター席に座る男が、叫んでいた。

「何ぃ!!?

ここは海中だぞ!!!」

「しかし……」

「貴様、一体何をしている!!?」

 リーダー格の男が問い掛けた。まぁ、他に何かできるのは彼女この声の主くらいだったが。

『火焔放射』

 声の主は即答する。

「はぁ!!?」

「馬鹿野郎!!!

貴様、俺達を蒸し殺す気か!!?」

 その他数々の暴言が声の主に飛んでいくが、彼女は全く動じないばかりか、

『敢えて言うなら、私は貴方達をんですよ』

 さらに冷たく言い放った。

「どういうことだ!!?」

『貴方達に100万ドルの小切手渡したっていう人、マフィアの首領かしらって伺っていましたけどね』

 愉悦を押さえ切れなくなったのか今にも笑い出しそうに声を震わせている声の主は、ふとそこで言葉を切る。

 否、吹き出したのか───不自然な呼吸が入ったせいで途切れてしまった言葉を、

『さっきここに来る前に殺してきました』

 無慈悲にも、そう紡いだ。

「なっ!!?」

『その仕切ってる組織とその領地をまるごと焼き払ってきました。

もう焦げ跡と燃え残ったカスくらいしか残ってませんね。

だから貴方達の小切手も今やただの紙屑です。

払う人はもう居ませんから』

 驚愕、あるいは絶望か。衝撃を受け愕然とし黙り混んだ艦員達に、声の主は語りかける。

『それでいて貴方達は名も無い捨て犬同然……消えたところで悲しむ人はいないでしょう。

……というか、どのみちはずですね』

「なん、だと……!!!」

「それじゃ俺達……このまま焼き殺されなきゃなんねぇのかよ!!!」

 彼らが嘆いている間に、潜水艦の外壁は内部の空気の膨張により段々と隆起していく。

『えぇ、そのままではそうですね』

 それでなお、冷たい声は響いた。

「嫌だぁぁぁ!!!」

「ここから出してくれぇぇぇ!!!」

「ここまで来て………嫌だ、やめろ!

死にたくないぃ───!」


 そうしている内に、何分経ったか。


 その時は訪れた。



『さようなら』



 膨大な熱を帯びた空気によって内部から引き裂かれ、溢れたそれらによる水蒸気爆発で木っ端微塵のスクラップと化した無銘の潜水艦は、暗黒の海底へと沈んでいった。




『───続いてのニュースです。


本日未明、中国 マカオ近郊の山で、大規模の火災が発生しました。


この土地で事務所を経営していた四十代の男性と、その事務所の社員数名と、連絡が取れなくなっている模様です。


また、地元警察によりますと四人の男性が救助された様ですが、何れも『異形に襲われた』旨の発言しており、重度のPTSDを発症している様子であり、詳しい情報は今のところ分かっておりません。


また、関連性は低いと思われますが『火を噴きながら空を飛ぶ円盤』を見たという証言をマカオ及び上海の漁業関係者から連絡があった様で、何らかの因果関係があるものとする一方、中国国防局はこれらを新型の機壊獣きかいじゅうの仕業ではないかと───』

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