おんなのけっとう
第三話:おんなのけっとう 前編
あの対決から数日。学校から帰宅した司が徐に目をやったポストの中に、何やら一枚の手紙が入っていた。住所は紛う事なき上城家、宛名は、ヒコ様。
「ヒコに手紙・・・?」
首を捻って、裏返しにしてみた。派手な背景に、商品や値段が大きく書き込まれている。どこかのダイレクトメールだろうか。しかし何故ヒコにこんなものが来るのか。もう一度宛名面を見て、尚怪しいと思った。
「・・・悪魔・・・生協・・・?」
「悪魔生協?なんなのだそれは」
現代知識を蓄える、と言う意味で、ママ上が何かの思い出にと取っておいた司の昔の教科書を、司の部屋でごろ寝しながら読んでいたヒコは、不審なものを見る目で、ダイレクトメール片手にドアを後ろに立っている司を見つめた。
「俺が知るかよ。ヒコが知らないんならふたりは知らないのか?」
同じ様に図鑑や辞書を読みふけっていたセルジュとデュファイに聴いても、首を捻って考え込むばかり。
「あたし達が西洋にいた頃にはそんなもの無かったわねぇ・・・」
「じゃのう。ここ数十年で出来たもんじゃなかろうか」
「とりあえず何か剥がして開けそうだから開いていい?」
司の問いに、ヒコは興味なさげになげっぱなす。
日本にお住まいの悪魔の皆様へ
人間界に潜んで暮らしていて、人間の生き血が啜りたくなったり、
肉を食らいたくなってたまらなくなった事はありませんか?
大丈夫、人間界の法を犯さなくても、チャーチに目をつけられなくてもそれが出来る手段があるのです!
それが我が会「悪魔生協」!
ヒコは身を起こし、手紙の内容を声に出して高らかに読み上げる司に視線を置いて、ぱちくり瞬きをした。
「なんだそれは。会社?」
「みたいだ。えーっと・・・まだ何か書いてる」
ここからはどうやら手書きの文字らしい。やたら綺麗なボールペン字で、何か書いてある。
寒い日が続きますが如何お過ごしでしょうか。
この度悪魔生協日本支部に配属となりました、ルルと申します。
悪魔生協に興味を持たれて、何かご用命の際は、えろいむえっさいむとご自宅の自室でお呼び下さい。
ご利用が初めての方にはキャンペーンも用意しておりますので、お気軽にどうぞ!
悪魔生協日本支部 ルル
いつの間にか、司とヒコ、ふたりでダイレクトメールを覗き込んでいた。そうして目を合わせて、
「どうするヒコ・・・呼んでみる?」
「血なら間に合っておる。まずはそのあくませいきょうとやらが何なのか調べるのが先決なのだ。チャーチの新しい罠だったら面倒なのだ」
言いながらヒコは、すっと腰に霊刀海嘯を差し、使い魔二匹を変化させ身につける。司の手から手紙を取ると、部屋を出ていこうとした。
「ちょ、どこ行くんだよ?」
「だから知ってそうな奴に会って聴いてみるのだ。すずかマティーナあたりが知っておろう」
それもそうだ。司もついて行きたい所だが、何せ今日の宿題は骨が折れそうな量である。部屋に籠もって勉強している他あるまい。
バタンとドアが閉まり、その向こうから階段をとててと下りる足音と、ママ上行ってくるのだー、とヒコの声が微かに響いてきた。司はひとつ溜息ついて、ふと考えた。
あの手紙には「自室で」と書いてあった・・・、
「それ俺の部屋じゃん!!」
すずは興味津々と言った様子で、囲炉裏について、ヒコの問いを聴いていた。
「なにそれ、あくませいきょうって。すずちゃんのお野菜、お酒と変えてくれるかしら」
「多分駄目だろう。貴様知らんか」
うーんと軽く唸って、すずは考え込んだ。
「すずちゃん、べつにひとの血とかお肉とか食べないからわかんないのよー」
ふたりで、うーんと考え込んでしまった。と、そこに、何故か聞こえてきた声。
「おーい、すずちゃーん!」
笑顔になるすずと、びくりと肩震わすヒコ。なんで、なんでこいつが!
「あら、コロちゃんいらっしゃーい」
狼形態のまま走ってきたコロは、しっぽをぶんぶん振りながら庭先ですとんとおすわりした。当然ヒコは吃驚仰天。
「な、貴様なんですずの所に来るのだ!」
「ぁんだよくそばんぱいや、いいだろオレが何しよーが」
竹を加工した水桶に水を一杯に張って、すずはヒコの横をすり抜け、庭先のコロの前に置いてやる。走ってきたのかコロの息は荒く、水を貰った瞬間がぶがぶと飲み干す。
「すず!どういう事なのだこれは!」
コロの前に座ってヒコの方を振り返ったすずが、コロの頭をなでなでしながら答える。
「コロちゃん、ここがお気に入りなのよー。すずちゃんがなでなでするの好きなの。
あっ、そのあくませいきょうって、お肉もあつかってるんでしょ?買ってあげたら?コロちゃんに」
「馬鹿言うな!何故にこんな馬鹿犬に金出して肉買ってやらねばならぬのだ!」
「えっ、何!?肉!?欲しい!すんげー欲しい!!」
水をあらかた飲み終わったコロが顔を上げ、けらけら笑いながら言う。その脳天気さが余計に癪に障る。すずの庵に遊びに来る程仲が良いのもなんだか気にくわない。すずがニコニコしながらコロの頭や顎の下をなでくりしてやる度に、なんだかもやもやした感情が沸き起こる。人はそれを嫉妬と呼ぶが、多分ヒコはそんなことは知らない。
「ほらー。コロちゃんもほしいって。たまにはふんぱつしたら?
こないだ真っ正面からむかってきたちゃーちがそんなまわりくどいことするわけないと思うのよ。だいじょうぶよー」
ひとりと一匹の呑気さが頭に来たのか、ヒコは頬を膨らませてひとりと一匹の隣をすり抜け、さっさと何処かへ飛んでいってしまった。
「おーい、マティーナ」
実験室のドアをノックしようとしたら、中から何やらバチバチという物音と声がドア越しに響いてきた。
『んふ、んっふふふ、・・・こういうの好きでしょ兄さん、・・・ほーら行くよー・・・アハ、アハハハハ・・・』
話にならない。ヒコは苦虫を百匹ほど一気に噛み潰した様な顔をして、踵を返した。
結局不機嫌になっただけで帰ってきたヒコに、司は何も言わなかった。ヒコも床に座って教科書の続きを読み始めたので、自分も勉強に没頭・・・、
できそうにない。
「・・・それ、俺が言っても来るのかな・・・」
「さぁ・・・知らんのだ」
両者、また無言。
無言。
無言。
「・・・その悪魔生協ってのが血を売ってくれるんなら、俺吸われなくていいんだよな・・・」
「嫌か?」
あっけらかんと尋ねてきたヒコの態度が頭に来たのか、がばちょと司はヒコの方に振り返り、絶叫。
「こないだのチャーチみたいな吸われ方されるかもしれないと思ったら怖いだろ!」
「馬鹿者。あれは完全に危害をくわえる心算でやったのだ。貴様の吸い方とはまた別なのだ」
「・・・」
ミーシャの身体は包帯まみれだった。先日の軍服とは違い、神父服をの下に包帯を首から腰までグルグル巻きにして、何とか宣教師としての執務をこなしていた。薊丸の傷は、そう簡単には治らない。が、痛みに耐える精神力は持っている。教会を訪れる篤信の信者が来ても、笑顔を絶やさない。
あの死合いの後、錬金術師に助けられ、気絶している間に傷の手当てをしてもらった。一昼夜眠り込んでようやく目を覚ました彼に紅茶を煎れてくれたマティーナは、車椅子の肘掛けに頬杖をついて、ややの微笑をたたえて言った。
『興奮していたけど、あの上城家の子供の言ってた事は事実だよ。ヴァンパイアは今の所人間に危害をくわえていない』
『・・・だから見逃せ、と?』
ティーカップを傾けて、マティーナはまた笑って言った。
『見逃せとは言ってないさ。どれだけやっても相手に秘宝が握られている限り無駄だって言ってんの』
秘宝。セルジュとデュファイ。
『・・・俺ひとりじゃ敵わない、って訳ですか』
『多分ね』
マティーナはエミリオの介助を受けて、ソファに身を預けた。丁度ミーシャが眠っていたソファベッドと対に向かい合っている形。紅茶のカップをテーブルに置き、ふうとひとつ溜息を吐くと、マティーナは目を閉じた。
ミーシャはぼうっと中空に視線を逸らし、呟いた。
『まだ終わりじゃない』
マティーナは目を開かない。
暫しの間。
『俺が駄目でも第七小隊が潰れるわけじゃない』
『・・・まさか』
首を動かさずマティーナを横目で見て、ミーシャは微笑を浮かべ言った。
『チャーチは誰がなんと言おうと、ヴァンパイアを潰す』
教会に帰って、老師に報告した。討伐に失敗しました、秘宝も奪えず終いでしたと報告しても、老師は特段驚いた様子は見せなかった。俺はヴァンパイアの力を計る為の試金石という事か、とミーシャは胸の内で溜息を吐いた。
そうしてミーシャは、追撃手としてある人物の名前を挙げ、既に日本行きを準備させている、と老師から聞いた。その名前はあまりにも意外で、あまりにも懐かしい名前であった。
今日はその人物が、はるばる派遣先のタイから直行で日本にやってくる日であった。
ふたりとも、何気ないふりをしておいて、しかしどこかそわそわしている、言いたい事がある、それを暗に背中で言っているようなもので、傍から見ればもどかしい事この上ない。
と、突然ふたり、顔を合わせ、
「や、やっぱり試してみよう!」
「そ、そうだな、試すか!」
結局の所、二人ともそれが言いたかっただけなのである。ふたりで部屋の中心に立ち、手紙を片手に、
「「えろいむえっさいむ!!」」
・・・。
・・・しーん。
「何も・・・起きないな・・・」
司の小さな声だけが、部屋に響く。あとは静寂。たまりかねたヒコが背伸びして、
「あーあ!つまんないのだー!!」
その瞬間。
がたと司の勉強机が揺れた。思わずふたり、びくりと肩を震わす。がた、がた、と揺れている。何かが引き出しの中に居る!ヒコは反射的に薊丸を抜き、司も枕元に置いておいた竹刀を小刻みに震えつつも形ばかりに構えて、ふたりして勉強机をじっと凝視した。
がたがたがたっ。
「はーい悪魔生協お呼びでございますかぁー!?」
勉強机の左側の浅い引き出しから、奇妙に斜めに前髪をカットして、浅黒い肌、額には2本の角、ナイスバディをかっちかちのスーツで固め、片手には何やら書類鞄を携えた女性がすっぽ出てきた!
すとん、とカーペットの上に着地し、ぽふぽふとスーツについた埃を払うと、ヒコと司を見てにんまりと笑った。デュファイもいい加減化粧が濃い方だが、この角のある女性は更に毒々しい化粧をしている。勢いに圧され固まっているふたりに、ヒールの高いパンプスでつかつかと歩み寄り、向けられた薊丸も眼中にないかの如き態度で、・・・ぺこりとお辞儀した。
しばし間を置いて顔を挙げて、ニコと女性は笑った。
「どうも~、わたくし悪魔生協日本支社のルルと申します。偉大なるヴァンパイア様にお会いできて光栄ですわ。さっ、早速ですけど我が社のサービスについてお話・・・」
「ちょっ、ちょちょちょちょっと待てえええっ!貴様チャーチの罠ではあるまいな!」
「チャーチ?・・・ああ、あのチャーチ。うふふ、チャーチは関係ありませんわ。悪魔生協は、悪魔の、悪魔による、悪魔の為の生協なんですのよ」
どうやら害をくわえて来る様な輩ではないらしい。ルルと名乗った女性はすとんと部屋の真ん中にある卓について、ふたりにも座る様やんわりと促し、卓の上に何やら資料を沢山広げ始めた。
「まずは悪魔生協のサービスについて簡単にお話しますわね。
悪魔生協は、現代社会では手に入りにくい人肉や人の生き血、魔力を秘めた宝石や雑貨類などを扱う会員制協会でございますの。お支払いは、」
支払いで気付いたのか、ヒコが慌ててストップをかける。
「かっ、金はないぞ!」
「あら、大丈夫ですわよ。お金でなくても、モルクワァラの換金も行っておりますから、それで現金と引き替えてうちの商品をご購入頂けますわ。便利でしょう?」
そしてルルは、書類鞄の中から、一冊のカタログを取りだした。それが悪魔生協の商品カタログなのだと判断した途端、司の目の色が変わった。
「そ、その・・・そのカタログは無料ですか・・・?」
実は上城一家、「通販」とか「カタログ」に目が無い。一階の風呂場前脱衣所には大昔買ったぶら下がり健康器がハンガーかけとして鎮座し、物置にはエアロバイクや用も無い布団(大量に圧縮済み)が山ほどある。元々蔵を持つ程、ものへの執着は強い家系なのである。司も上城の血を受け継ぐものとして例外ではなく、司の部屋の家具はこれ殆ど通販で買ったと言っても過言ではない。
「あら、流石ヴァンパイア様のお連れ様ですわ。お目が高いんですのね。こちらは人間でもお手軽に飲める妖力増強シェイクで、こちらが回復力向上ビスケ・・・」
「すげー!すげーよヒコ!これ絶対会員登録だよ!!」
「貴様・・・」
信徒の居なくなった聖堂で、ミーシャは独り演説台に立ち、明後日の説教会で参考にする聖書のページに付箋を貼り付けていた。
すると、演説台から向かってまっすぐ、赤絨毯を敷いた先の扉に細いシルエットの人影が浮かんでいた。気配に気付き、ミーシャが顔を挙げて赤絨毯の先を、目を細めて見る。簡素な黒のトレンチコートに身を包み、大きな黒い鞄を担いでいるその人物は、ミーシャの呆気にとられた顔を見て、クスと笑った。
「サワディー・カー」
思わずミーシャも釣られて笑って、演説台から降りてその人物へと駆け寄った。
「ガブリエイラ!」
「久しぶりね。聴いたわよ。随分やられたみたいじゃない、あなた。駄目ね」
線の堅い、美女と言うよりは美青年とでも言った方がいい様な顔を笑顔に歪め、からかう様にミーシャの首筋にチョップを当てた。まだ完全に傷がふさがっていないものだから強烈に痛い。ミーシャは思わず悲鳴を上げた。悲鳴に反応して、驚いたアーレフが突如発生した霧の中から現れた位の悲痛な叫びであった。それでも構わずガブリエイラと言う女性は、喉を押さえて踞るミーシャを尻目につかつかと聖堂内に入り、適当な長椅子に腰掛けると、マフラーを巻き直しながら喋る。
「日本は流石に寒いわね。ここ、暖房効いてないの?」
「聖堂に暖房入れられる程チャーチが予算割いてくれるかよ・・・」
やられっぱなしである。
このガブリエイラという女性、ミーシャ率いる第七小隊・・・チャーチの中でもより抜きのチームの一員である。形としてはミーシャの部下という事になるが、当のミーシャがあまり上下関係に五月蠅くない、というかチームはそれぞれ対等、何か判断する時があれば責任を負うのが自分の役目だと思っている為、この様なガブリエイラの蓮っ葉な物言いが許されている。
そして今回ガブリエイラが呼ばれた理由。簡単な事だ。
ミーシャにも討伐できなかったヴァンパイアを討て、という事だ。
「さて・・・と」
はんこは無いので拇印を圧して、ヒコはもう一度ルルの顔を見た。ルルは笑って、次のパンフレットを持ち出していた。
「で、ですけれども。今我が生協は会員様一万匹突破キャンペーンとして、入会特典としてこの中からひとつお選び頂いて、それをプレゼント!っていうのをやっているんですのね」
卓の上に、ヒコと司に表面を向けて、ルルはパンフレットを差し出した。そこには派手な商品写真がずらりと何品も並んでいた。十はあろうか。
「ヒコはこれが・・・」
と言って或る商品を指さそうとすると、にゅっと司の指が、ヒコの指が人間の血を指す前に、「妖力増強ビスケット」を指していた。
「これでお願いします!」
「きっ、貴様!」
ヒコが慌てた様子で司の顔を見る。司の瞳はこれまで見た事がないくらいきらっきらしていた。
「あの、勿論悪魔ご本人でなくても、お連れの方のご注文も承っておりますけれど・・・初回ですし・・・」
「これ!これ下さい!」
司はもう決め込んでしまったものらしい。ヒコはがばちょと立ち上がり、司を見下ろして言った。
「司!大体な、妖力なんてもんはものに頼って鍛えるものではないのだぞ!己の修練でのみ研ぎ澄まされるものなのだ!それを貴様・・・」
「じゃあもしヒコがチャーチに負けたら、誰がこの家守るんだよ!?」
うぐ、と喉から呻きが漏れた。そうだ。何かがまかり間違って、自分が負けて殺される事も無いとは言えないのだ。これからもチャーチは次々と追っ手を出してくるだろう。それに耐えられず一時身を隠す事もあるかもしれない。そうなれば、恐らく、ヒコは全くそう思ってはいないにせよ、上城家の一員になってしまったコロが次の標的になるだろう。チャーチにとっては、魔物は滅ぶべき存在なのだから。コロがそう簡単にやられるほど弱いとは思っていないが、もしやられでもしたら、ママ上とパパ上はどんなにか悲しむ事だろう。
また、司本人にもチャーチに狙われる要素がないわけではない。司はヴァンパイアと「契約」し、血を与えたのだから。
その為に、どんな手段を使ってもいいから、強くなりたい。司はそう考えていた。最近の司は、学校で日が暮れるほど遅くまで剣道の練習に励んでいる様だった。それを思うと、なんだかヒコは上城家に対して申し訳なくなってきた。
「・・・わかったのだ。貴様、これを頼む」
ヒコの指も、妖力増強ビスケットを指した。
ルルは笑って、ちょっと待って下さいね、と言うと、また元来た引き出しを開けて、中にすとんと入っていった。ヒコと司が慌てて引き出しを覗き込むと、青と赤のマーブルが複雑に絡み合って紫色に溶け出している光景が、引き出しの中に広がっていた。
「転移空間ですじゃ」
指輪の中から、セルジュの声が響いた。
「どういう事なのだ?」
「悪魔の中には自由自在に空間をねじ曲げ、好きな場所に移動できる術を持つものが居りましてのう。そ奴らの通り道がこの転移空間ですじゃ。
恐らく先刻のルルという女悪魔は空間転移を自由自在に行えるものでしょうな」
「ちょっ、ちょっと待てよ!じゃあこの引き出しはもう使えないって事か!?」
司の慌てっぷりに、デュファイの声が重なる。
「だーいじょうぶよ司ちゃん。さっきのルルって子が消えてしばらくすれば転移空間は自動的に窄まるわ」
・・・暫しふたり、待つ。
待つ。
待つ。
「・・・遅いな・・・」
「・・・一杯食わされたか?」
「そんなことはありませんわよー!!!」
すっぽーんと音さえ出そうな勢いで、紫色のマーブルの空間から、ぬっとルルの首が出てきて、烈火の勢いでまたカーペットの上に華麗に着陸。
ルルの小脇には、妖力増強ビスケットが抱えられていた。
「一日三食のうち、一食にこのビスケット二枚を足して食べて下さいまし。そうすれば二週間で通常の修行の三倍にあたる妖力が得られますわ」
「・・・は、はぁ」
受け取ったのは当然司。しかし、こんなビスケット二枚で効果はあるのか?
ガシャン、ガシャンと、何かしらの機械物を組み立てている音が、ミーシャの教会の一室から響く。
ガブリエイラが持ち込んだ黒い大きな鞄に入っていたのは、部品のそれひとつでは分からないが、その正体は極限まで分解された、
スナイパーライフル。
「ヴァンパイアは絶対に戸の上霊園に来るのね?」
「ああ、あそこが主要な餌場だ」
「日本の墓地は墓碑が大きくて邪魔だわ。・・・でもやるしかないわね」
真っ正面からぶつかる「決闘」を好むミーシャとは違うスタイルで、ガブリエイラは実力を伸ばしてきた。
即ち、「暗殺」である。
無論暗殺という手段はチャーチに於いてあまり好まれるスタイルではない。演習でもガブリエイラはどちらかというと、アサルトライフルなどで前線の援護を行っている。しかしガブリエイラが「師匠」と呼ぶ人物からたたき込まれたのは、遠くから一気に狙撃する必殺の一撃であった。
言い方は悪いが、暗殺を手段とするガブリエイラをヴァンパイア殲滅に持ち込んできたという事は、チャーチもそろそろ本気を出し始めた、という所か。
部屋は真っ暗。今日はヒコは狩りにいかない様だ。ヒコと司、それぞれの布団に潜り込んで、考え事をしている様子。
「司」
「ん?」
お互い、互いを見ていない。反対方向に寝返りをうって、ヒコはなんでもなさげに言った。
「明日夜、戸の上に一緒に行くか。貴様の修練の成果を見たいのだ」
「・・・そんなヒコみたいなレベルまで行けねーよ」
ヒコは少し間を置いて、そうして、呟いた。
「いや、貴様なら」
司なら、夕凪の打つ刀も使いこなせるかもしれない。そう思っての事であった。
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