第21話



さて、作品についてです。



『魁の花』の魁とは、さきがけと読みます。先駆けです。


季節の変わり目、春に先駆けて咲く花とは【梅の花】のことです。


幕末期。時代の変わり目。


変革と激動の中で、多くの若い志士達が命を散らせました。


この物語の主人公、鈴森新三郎は変革の先駆けとなった桜田義挙、その襲撃隊の先鋒として行列を止めた森五六郎(24)をモデルとしています。


新三郎の恋人【紫織】と、新太の妻【紫穂】に紫の字を当てたのには、実は理由があります。


森五六郎が歌を残しているのです。


君がため

我が里いでし 武蔵野に

紫にほふ 花と散るらん



普通に解釈すれば、紫にほふとは、かつて武蔵野で江戸紫の原料として盛んに栽培された紫草を指して詠んだか、桜の意味か、そのどちらかです。


武蔵野を代表する色と香りを持つ紫草を指して詠んだとすれば江戸で散るという意味。


或いは桜のように潔く、美しく散るという意気込みであったか。


しかし、もう一つの解釈もあります。


紫にほふとは、美しさがあふれている。美しさが輝いているという意味でもあるのです。


出典万葉集 二一


「紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」



立ち返って、歌の最初に、君がためとあるので、意訳するならば、


《主君・斉昭公に報いる為、江戸で美しく散ってみせる》という意気込みを詠んだ歌という事になるでしょうか。


森五六郎の残した、この歌を知った時に、新三郎の恋人の名は紫織、新太の妻を紫穂と決めたのです。


この物語は、史実に基づいていますが、登場人物(鈴森新三郎=新太・紫織=紫穂)は実在の人物ではありません。


森五六郎をモデルとして、想像力を羽ばたかせた創作です。


小説とは、虚々実々の人間の物語です。しかし、史実を絡める物語は、どうしても説明調になり、長々と説明文を読まされて退屈です。


それを回避する工夫として、会話文を多用して、人間の活き活きとした息づかいで史実を語らせました。


登場人物が語る事で、読者は退屈せずに流れを知るのです。


さて、物語は、新太と紫穂が偕楽園を訪ねるところから始まります。


この時、新太と紫穂の関係や服装や年齢も何も説明していません。


新太の職業が警察官であること以外の身辺事情を何も記していないのです。


それでも、二人の語り口から、新婚間もない夫婦であると、伝わっていると思います。


これが工夫なのです。地の文で説明せずに、会話文だけで伝える工夫です。


二人の服装や顔付きや表情を描写せずとも、読者は、それぞれに人物像を思い浮かべ、笑顔や景色までも思い描いたと思います。


そんな事が出来るなんて不思議ですね。イマジネーション(想像力)は人間だけが有する特殊能力と言えると思います。


物理的には、パソコンや携帯端末の画面に表示された文字を眼で追っただけなのですよ。


後書きの冒頭で、人間とは不思議な生き物ですと記しました。


輪廻転生の概念は仏教に限りません。世界各地で、もともとあるのです。


魂の継承、生まれ変わり、霊的な不思議な感受性。


例えば、胸さわぎ、虫の知らせ、以心伝心、第六感、既視感などという言葉があるように、これらは科学的に証明される事なく、誰もが実感し、伝承されて来ています。


誰もがスピリチュアルな感性を持ち、時には、それが絵画や小説創作等のインスピレーションとして働きかけ、具体的な作品として結実する。そんな気がします。




さて、この物語のモチーフである桜田門外の変は、丁度、今頃の時期、梅が満開の時節。157年前の3月24日に決行されました。


このタイミングに合わせて、この作品を完結したいと思いました。


長い後書きになりましたが、伝えたい事を、ほぼ伝え切れたと思います。


ここまで、お付き合い頂き、ありがとうございました。


2017年3月18日

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魁の花 朝星青大 @asahosi

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