第12話

12 異国船打払令




紫織は茶を淹れ直した。


新三郎は足を組み換え、湯呑みに手を伸ばした。


茶をひと口すすった後、彼はおもむろに語り出した。




「弘道館で私が学んだものは、史学です」


「史学?」


「ええ。そうです。儒学で説くところの徳分と礼節。これは君子と臣下のあるべき姿へ到達する筋道を示したものです。しかし、私は考えました。只今、求めるべきは地理と史実ではないか? これを識ることが事理を弁え、己れの役を知る事だと」


「なんだか、むずかしそう。女の私にも分かるような言葉で話して下さい」


「分かりました。ここから東へ3里行くと海に出ます。大洗です。そこから北へ那珂湊、平磯と続きますが、更に、その北方に大津浜というところが有るのです」


「遠いところですね。そこは水戸藩領なのですか?」


「そうです。藩領です。36年前、文政7年(1824年)に、この大津浜へ異国船が……イギリスの鯨捕りの船が現れて、小舟に乗り替え、12人の船乗りが予告なく上陸したのです」


「まあっ」


「この時、漁村は大騒ぎになった。これを知った中山備前守の配下役人が彼等を捕らえた。そして問い質しました。すると、船内に敗血症の者が居るので野菜と薪水を分けて欲しいと」


「ああ、そういう事だったのですね」


「いや、それにしては上陸した人数が多過ぎる。何か別の目的があったに違いないのです」


「というと?」


「それを糺すべく、藤田東湖先生が現地へ向かわれたのですが……」


「どうだったのですか?」


「時遅く、役人が彼等に必要な物を与えて帰してしまった」


「まあっ、間に合わなかったのですか」


「これは藤田東湖先生が18歳の頃の出来事です。良いか悪いか、水戸藩の優れた警備と役人の穏便な対応で、この時は、これで済みました。さて、問題はこの後です。薩摩藩領に宝島という小島が有るのです。この島で悶着が起こった」


「薩摩藩領のたからじま? 遠いのですか?」


「ええ。遠いのです。西南方向へ、およそ400里です」


「400里も!」


「この島へイギリス船が立ち寄って、島民に牛を譲渡するように要求したのです。しかし、現地の郡司は、これを拒否した。為に、30人ほどのイギリス人が島に上陸し牛3頭を強奪した!」


「そんな事を! 盗賊ではないですか!」


「そうです。盗賊です。この為に横目(監査役)の吉村九助が在番所でイギリス人1名を射殺した。流人であった2名の武士も争いに参加したと伝えられています。この事件がひとつの要因となり、翌年の文政8年(1825年)に、幕府は【異国船打払令】を出したのです。以後、異国船は、ことごとく打ち払えと」


「まあっ、そんな事が! 牛を売って下さいと言えば済んだものを」


「いえ、商いの話ではないのです。更に、この事件の起こる16年前にイギリスは、長崎・出島でも大事件を起こしているのです」


「今度は長崎? そこも遠いのですね?」

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