第8話
8 遠因
「あはははっ!」
酔っ払い達の扮装を一瞥して紫穂は声を上げて笑った。
「サンタさんみたいな眉毛。あれを黄門様が見たら、どう思うかしら?」
「まあ、余興だからね。領民が楽しそうにしてるならいいんじゃないかな。偕楽園ってさ。領主と領民が偕(ともに)楽しむ庭園という意味だそうだよ」
「あらっ、そうだったの?」
「うん。これほどの名園で、維持管理も大変だと思うけど、入園料を取らないだろ? こんな所は他にないと思うよ」
「あっ! そう言えば、そうよね」
「水戸市全体が光圀公・斉昭公の意向を大切にする気風なんだ。弘道館の学費も無料だった」
「ええっ? ほんと? 信じられない!」
「斉昭公は弘道館で育てた人材を、どんどん登用して藩政改革を進めた。権威主義の門閥家臣を遠ざけた。反射炉を造り、大砲を造り、日本で最初の軍艦まで造った。旭日丸」
「まあっ! そうだったの!」
「だから、藩主の座を譲った後でも海防参与として江戸城で意見を求められたんだ。幕府の老中・阿部正弘からの信任が篤かった。先進的な斉昭公は若い藩士から熱烈な支持を受けた。藤田東湖、会沢正志斉という優秀な学者を常に側に置いて意見を取り入れながらね」
「そうなの? 水戸は学者が多いのね」
「吉田松陰が長州の志士達を指導した時には、藤田東湖と会沢正志斉の書いた詩文・論文を教科書として使ったんだ。吉田松陰は諸国を遊学して、22歳の時に水戸を訪れている。1ヶ月間、滞在して水戸学を吸収した。弘道館で学んだ。この偕楽園にも来てる」
「わあ、すごい! そんなふうに繋がってるのね!」
新太と紫穂の前に桜の大樹があった。多数の観光客がカメラを構えている。
「世界史上、稀に見る大事件といわれる明治維新だけど」
「明治維新? それが水戸と関係があるの?」
「大有りだよ。志士達の成功の方程式とか、江戸幕府の失敗の本質なんて本があるけど」
「本? 歴史の本?」
「いや、ビジネスに活かす為のハウツー本だよ。どう解釈しようと自由だけどね。でも僕は、明治維新は結局、徳川慶喜が決着をつけたと見てるんだ。大政奉還で政治の実権を朝廷に返した」
「たいせいほうかん?」
「うん。慶喜は斉昭公の息子なんだ。一橋家へ養子に出す直前まで斉昭公が手元に置いて教育した。慶喜が十歳になるまで水戸学をね。ということは、幕府を開いた家康公自身が遠因をつくっていたとも言えるんだ」
「どうして?」
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