第6話
6 伯夷叔斉
「そうだったの。良かった……それで、頼重っていう人が日本の運命を?」
「いや、そうじゃなくて。この頼重の存在が光圀公の生き方を決定づけるきっかけになるんだ」
「きっかけ ? 」
「そう。光圀公は18歳の時に、中国の歴史書・史記を読んだ。その最初にあるのが『伯夷・叔斉伝』。この人物伝に感銘を受けて、史記の日本版、つまり大日本史の編纂を決意したそうなんだ」
「はくいしゅくせいって?」
「人の名前だよ。白夷と叔斉は王子の兄弟で、長男と三男。この関係が光圀公の身の上と重なった。頼重が長男、光圀公は三男。ぴったりと符合した」
「わあっ! すごい偶然!」
「白夷と叔斉は、王位を譲り合った。普通は逆だよね。肉親を殺してでも自分が王になりたがる。そこが違う。頼重は水戸藩主の後継ぎを主張しなかった。松平家へ養子に出されても不平を言わず、やがて高松藩主になった」
「まあっ! 弟おもいなのね」
「そう。光圀公は、白夷・叔斉伝を読んで気づいたんだ。兄を差し置いて自分が水戸の藩主になるのは間違っている。いい気になっていた。これではいけない。これを気づかせてくれたのは歴史書である。人は歴史を学ぶ事で筋道を知り、間違いを正せると」
「だから、光圀さまは日本の歴史書を作ろうと?」
「うん。いや、単に年代順に出来事を記録する作業なら、既に江戸の学者がやっていた。光圀公は史記の人物伝に倣って、優れた生きざまを伝えようとしたんだ」
「生きざま?」
「そう。人を変えるのは感動だと」
「ああ、そうなのね。ええ、たしかにそうだわ」
「その感動を呼び覚ましたのが兄の存在。生まれなかった筈の頼重を英勝院が誕生させた。もし、頼重が居なかったら、白夷叔斉伝を読んだとしても光圀公には他人事だった」
「他人事?」
「そう、他人事。兄と自分の境遇が、伯夷叔斉と酷似していた。だからだよ。他人事ではない。これは
「ああ、そういうことなのね」
司馬遷は『白夷・叔斉』を『史記』列伝の筆頭に置いている。
「あんたのね! そういうチャラいところが嫌いなの! 梅娘と、ずーっと遊んでれば!」
「いや、悪かったよーっ。写真は消したからさーっ。おーい! 待ってくれよーっ!」
十代と思われる若いカップルが喧嘩をしながら脇を過ぎた。
偕楽園では、梅娘と一緒に記念写真を撮る事が許されているが、それが喧嘩の原因のようだった。
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