第3話
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水戸の梅まつりは2月下旬から3月末にかけて開催される。
早咲き、遅咲きなど合わせて100種類3000本の梅が主役だが、他にも無数の草花が偕楽園を彩り、春の訪れを告げていた。
春の陽光を浴びながら観光客は思い思いに開花した梅を撮影し、又、それを背景にしての記念撮影に余念がない。既に8割以上が開花したという。
「わあっ! 素敵! きれい!」
紫穂は柵の傍に立ち、感嘆の声をあげた。高台にある偕楽園からの眺望は壮観だった。
多数の観光客が柵に連なって、南に開けた景観を楽しんでいる。
眼下の南崖の裾を電車が走って行く。常磐線だ。上野へ向かう電車と判る。
偕楽園の臨時駅は水戸駅の少し手前、電車で数分の距離に在る。ホームは下り方向にしかなく、上りの電車は停車しないのだ。
その線路の向こうにも広大な公園が見える。四季の原だ。千波湖公園も含めると都市公園としてはニューヨークのセントラルパークに次いで世界第2位であるという。
「ねえ、あのキラキラ光ってるのが千波湖よね?」
紫穂が指を差しながら訊いた。
「そうだよ。沢山の白鳥が泳いでる。黒鳥も。水戸黄門の像もあるらしい」
「わあっ、そうなの! ここをひと回りしたら行ってみようよ。ねっ?」
紫穂は子供のように、はしゃいだ。
「うん。そうしようか。…………あのね、さっきの神社だけどね」
「じょうばんじんじゃ?」
「ときわ神社って言うんだ。あそこは黄門さまの、いや、水戸藩主の徳川光圀公と斉昭公を祀る神社なんだ」
「あらっ! そうだったの!」
「第2代藩主の光圀公が生まれたのは1628年。389年前。第9代藩主の斉昭公が生まれたのは1800年。217年前。不思議だと思わないか?」
「不思議って? 何が?」
「389-217=172年。光圀公と斉昭公は、こんなに離れてる」
「ええっ? お二人は、そんなに離れてるの?」
紫穂が新太の顔を見た。
「活躍した年代が、そんなに離れてるのに。しかも、代々の水戸藩主の墓地は別に有るのに。光圀公と斉昭公だけが神社に祀られている。何故だと思う?」
「さあ? どうしてなの?」
「歴代藩主の中で、この二人こそ、水戸の誇るスーパーヒーローだからだよ。光圀公は水戸学の源流。その遺志を体現したのが斉昭公。おおざっぱに言えば、そういう事かな。斉昭公は光圀公の魂を継承した。光圀スピリッツを形にしたんだ。弘道館を開設した。そして偕楽園も」
「えっ? そうなの? この公園も?」
「そう。斉昭公が造ったんだ。少し歩こうか」
新太と紫穂は広場へ出た。
「光圀公は彰考館という歴史の編纂所を造った。江戸にも、水戸にも、京都にも。そして斉昭公は水戸に弘道館という学校を」
「しょうこうかんと、こうどうかん?」
「うん。水戸学が尊皇という基盤に立ったのは、光圀公の大日本史編纂事業が発端なんだ。徳川幕府は天皇の臣下として働くべしという考え方だよ」
「考え方を受け継いだって話なのね?」
「そう。斉昭公は水戸学を基本にした藩校・弘道館を開設した。当時の藩校としては日本最大だ。国立大学みたいなものかな。そこで15歳以上の武士に学問を義務づけた」
「武士の義務教育?」
「まあ、そうだね。勿論、学問だけじゃなくて武術の鍛練も」
「文武両道ね。偏ったら駄目よね?」
紫穂が腕を絡めた。
「偏ったら駄目って…………あははは……紫穂は面白いこと言うなあ。天姿婉順って、こういう感じなのかな」
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