第2話


2 迷子




新太は紫穂を斜めに抱きかかえ、一段ずつ慎重に足を運んだ。

数段登っただけで、じわりと汗が湧いて出た。




「だいじょうぶ? 無理しなくていいのよ」




「な、なんの、これしき! 武士に二言は…………ちょっと、休もうか」




新太は半分ほど登ったところで紫穂を一旦、抱き降ろした。




「うふふふ。そうよ。急ぐ旅じゃないんだから、無理しなくていいの」




紫穂はハンカチを取り出し、新太の顔に浮いた汗を拭った。


石段を登りきると、そこは常磐神社の境内だった。いや、石段そのものが既に境内だったのだ。


正面が本殿。左隣りに東湖神社。左真横には偕楽園レストハウス。その先が偕楽園の東門だった。


「ふーっ!」


石畳に紫穂を立たせ、新太は大きく息を吐いた。


「ごくろうさま! よく頑張れたわねえ。えらいわ! 飲み物を買って来るから、あなたは、ここで休んでて」


紫穂は、にっこり顔で告げた。


「えっ? だって足が痛むんじゃ……」


その声が届かなかった筈はない。だが、紫穂は既にスタスタと歩き出し、人混みに紛れてしまった。


境内の右手には出店が並び、続々と人が歩いて来る。圧倒的に、そちらからの観光客が多い。臨時駅の利用者は少数派だと分かった。




「ママーッ! どこにいるのーっ!  うわあーん! ママーッ!」


不意に幼児の叫び声が響いた。


4~5歳と思われる男の子が新太の前で立ち止まり、泣き始めた。人混みで、親を見失ってしまったらしい。



「そうか。はぐれちゃったのか。でも、だいじょうぶ。捜してあげるよ」


「ほんと? でも、ママは知らない人についていったら、だめって。ふしんしゃだって」


「あはははっ、そうだね。じゃあ本当のことを言おう。僕は警察官なんだ」


新太は、幼児を抱き上げて観光案内所へ連れて行った。


着物姿の梅娘達が笑顔を振りまいている。その一人に理由を話すと、彼女は笑顔で男の子の手を握り、耳打ちした。


すると男の子は泣くのをやめて、手を振りながら、梅娘と共に案内所の中へ入って行った。



紫穂へメールを打つ。


《観光案内所の前に居るよ。迷子になってた男の子を預けたばかり。観光案内所は東門を入って、すぐ右手にあるよ。見晴館って看板が掛かってる》


ほどなく返信があった。


《わかった。すぐ行く》



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