第7話 あなたたちがピアリッジ?
東京、千代田区。
東京国際フォーラムにて開催された、旧ピアリッジ、エリシャとルカの講演会は、本日も満員であった。
施設内で最も大規模なホールの演壇に二人は並んでいる。
その背後には、巨大なスクリーンが二人の姿を投影していた。
彼女らの話術は巧みで、とても中学三年生とは思えない。
会場は何度も笑いの渦に包まれ、またしんみりとした憂愁に沈んだ。
二時間にも及ぶ講演が終わりに近づき、エリシャとルカはまとめに入る。
「ヴァリアンツに対抗するには、まずわたしたち、一人一人が確固たる意志を持つことが大事です。
意志とは何でしょうか?
それは……愛。
そう、愛情です。
わたしたちの家族、友人、社会、そして日本……ひいては地球を守り慈しもうという、強い愛の気持ち、なのです。
それこそが、冷酷無慙な捕食鬼、ヴァリアンツへの唯一の切り札となります」
「ヴァリアンツはあたしたち人間の体に入り込み、一見しただけでは、まったくそれがわかりません。
しかし、彼らには他を思いやる感情が全く欠けており、その証拠に、地球に来たヴァリアンツが真っ先にやったのは、仲間割れです。
彼らのうち一体が、仲間を裏切り、日本政府へと亡命したことはみなさんご存知ですよね。
つまり、彼らに汚染された人間は、あらゆる他者に対する配慮の欠けた人間になります」
「ヴァリアンツの行動は、別にテロ活動や殺人のような重大な犯罪のみにとどまりません。
暴力、暴言、不謹慎な行動、反道徳的な発言、状況にそぐわない態度、怠惰、その他もろもろ、日常生活において他人を不安、不快にするもの、それがヴァリアンツに汚染された人間の著しい特徴です」
「そんなわずかな特徴を見分けるのは困難でしょう。
でも不安がることはありません。
確固たる意志、つまりあたしたちの住まう故郷を守ろうとする愛情をお持ちの方なら、きっとわかるはずです。
よく見てください、まわりの人の行動を。
そして、よく考えてください、それが地球人としてふさわしい行動であるかを」
「最近、急に性格が変わったように見える人は、いませんか?
他人に暴力をふるう人は?
ルールに従わない人は?
不平不満が多い人は?
情緒不安定な人は?
集団から浮いている人は?
他人と会話しない人は?
そのほか、ヘンだ、とあなたが思う人は?
……もし心当たりがあるなら、ぜひ一度、政府の窓口に相談してください。
専門の調査員が皆さんの話をうかがい、すみやかに調査いたします」
「これは戦争です。
でも、きっとあたしたちの勝利は間違いないでしょう。
だって、孤独なヴァリアンツと違って、あたしたちは愛の力で互いに協力することができるのですから。
あたしたち、ピアリッジのように。
……長い時間、聞いてくださってありがとうございます。
名残惜しいですが、公園はこれで終了とさせていただきます」
「またお会いできることを楽しみにしております」
割れんばかりの拍手が広いホールを揺るがす。
すさまじい熱気であった。
***
ルカとエリシャは高級車の後席へと乗り込んだ。
ふたりは、売れない役者であった。
実際の年齢は、ふたりとも二十歳を超えているが、顔の整形、声の矯正および化粧で中学生に見せている。
講演を終えた疲労のゆえか、二人はむっつりと押し黙っている。
こののち、機密保持のため、政府によって用意された地下シェルター内へと帰宅するのである。
世相が厳しくなるにつれ、食い詰めていた二人にとって、極秘裏に政府によってもたらされた仕事は、衣食住を確保するためには、願ってもないものだった。
高給だったが、プライベートもすべて管理される生活は、息苦しくもあった。
が、かつてのように食べるものにも困る生活には、戻ることはできない。
音もなく、滑るように動く車の中で、並んで座った二人は、それぞれの持つスマホの画面を注視し、そばには誰もいないかのようだった。
急に、車が激しく揺れた。
運転手の悲鳴が車内に響く。
耳をつんざく轟音とともに、車は車道を外れ、街灯に衝突した。
防弾鋼板でよろわれた車は、衝撃を受けたのみで、破壊を免れていた。
よろめく足取りで、ルカとエリシャは車外へとはいずり出る。
ふたりとも、車の内部で体を強く打撲し、流血していた。
事故を起こした場所は、人気のない道路わきだった。
ここ一年、ヴァリアンツの騒動で、都内は非常事態宣言により、一般市民の夜間外出は規制されていた。
ふたりの前に、何者かが立っている。
街灯が破損し、周囲は夜闇におおわれていた。
何者かがつぶやいた。
「あなたたちがピアリッジ?
ふざけるにもほどがあるよ」
「あんた一体だれよ?」
ルカの質問を、人影は黙殺する。
夜闇をまばゆい光が切り裂いた。
ルカが悲鳴を上げる。
「まさか!
そんなことが?」
後方のエリシャが、恐怖の叫びをあげた。
「ヴァリアンツなの?」
脱兎のごとく逃げ出す二人を、光の剣がまっぷたつに断ち切る。
異変を察知したパトカーが現場に急行した時には、運転手とピアリッジの無残な死体が残されているだけだった。
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