第6話 カラダでおぼえなきゃ、カラダで!

日曜日。


うららかな春の日差しが降り注ぐ、広々とした緑の大地。


そこに、十人近くの子供たちが集まっている。


体を動かしている三人を取り囲み、その他の集団が黄色い歓声を上げていた。


多摩川の土手で、ピアリッジがトレーニングを行っているのである。


先日行われたピアリッジ第一回目のライブ配信は、注目こそ十分集めることに成功したものの、肝心のピアリッジの活躍はお粗末なものだった。


ヤラセ撮影にもかかわらず、ロクに練習もしないで本番に臨んだ結果、ほとんどのセリフをとちり、アクションは下手で、時間配分を誤って、爆発をもろに受けてしまった。


当然、あとでマネージャーであるトビヒトに厳しく叱責された。


次の撮影は一週間後。


それまでに、シナリオ通りの動きができる必要があった。


責任感の強いサラの提案によって、三人が集まって練習することになったのである。


周りを囲んでいる同年代の娘たちは、ピアリッジ候補生であった。

ピアリッジとして選抜されたサラ、マナセ、ミカル以外に、選抜され、将来ピアリッジになるべく訓練している少女たちである。


候補生たちにとって、一足先にピアリッジになった三人は憧れであった。

まるでスターのように、ピアリッジ三人をもてはやしている。

今も、それぞれのひいきのピアリッジに声援を送っているのだった。


「まだ動きがかたい!

 もう一回やろう!」


生真面目に言うサラ。

トビヒトにリーダーをまかされ、張り切っている。


「もうゼンゼンできてるだろ~?

 おんなじことばっかりするの、飽きた!」


すっかりくたびれたミカルが不平を言った。


「ダメダメ!

 上手くいったの一回だけじゃない。

 カラダでおぼえなきゃ、カラダで!」


「でももう十回くらい繰り返してますよね……。

 わたしも疲れました……」


マナセもミカルに賛同する。


サラはちらりとマナセへ視線を向けると、頬を染めて目をそらした。


「まったくしょうがないよね!

 じゃあ、休憩の前に、剣の稽古やりましょう!

 『ブリリアント☆バーナー』をもっとうまく使えるようにならないとね」


サラが候補生たちに目をやると、歓声を上げつつ、彼女たちは剣道の竹刀と胴着を持ってきた。

三人のピアリッジは、おのおの一本ずつ、竹刀を持った。

胴着をつけるのはサラである。


「じゃ、二人とも交代であたしに打ち込んできなさい!」


サラは剣道部の主将をつとめた経験があった。

ピアリッジになったために引退したが、その腕は、学校一との定評がある。


「ええ~、カンベンしてくれよ~」


文句を言うミカルを、サラはしかりつける。


「だったら、あたしが打ち込むけど、いいの!?」


「くっそ……やりゃいいんだろ、やりゃよぉ……」


がむしゃらに竹刀を振り回すミカルを、サラは難なくいなす。

激しい音とともに、ミカルの竹刀が落ちた。


ミカルは手を押さえてしかめ面をする。


「ちくしょう……これ手が超いてぇんだよなあ……」


サラが声を張り上げる。


「まだまだね!

 次!」


「よ、よろしくお願いしますぅ……」


へっぴり腰のマナセ。

よろよろと突き出す竹刀を、サラは優しくそっと巻き込み、地面に落とした。


落胆するマナセをちらっと見て、サラはそっぽを向き、ぶっきらぼうに言う。


「……まだまだね。

 だけど、だいぶ良くなったみたいだから、その調子でね」


「わあ、うれしいです!」


花のように可憐な容姿を笑顔でほころばせ、マナセはよろこぶ。


一方、ミカルがサラに抗議する。


「あっあっ、なんかウチとマナセと扱いが違くね?」


サラは冷ややかな顔をミカルに向けた。


「個性に応じて、適切な指導をしているだけなの!」


「ちくしょう……ウチはほめられて伸びるタイプなんだぜ?

 オメー、間違ってんぞ!

 もうやらねー!」


ミカルは竹刀を投げ捨てる。


サラはため息をついた。


「しょうがないなぁ。

 じゃ、素振りしようか、素振り。

 ミカル好きでしょ、ディスり素振り」


竹刀を拾ってミカルに渡す。

不承ぶしょう、ミカルは竹刀を受け取る。


三人は横に一列に並んだ。

サラが唐突に言う。


「トビヒトさんは……もう飽きたから、オトコにしましょう」


「なんか重いぞ、それ」


あきれるミカル。

サラは、怒りを込めてまくしたてる。


「だって、あいつら、中学なったら、いきなり力が強くなって、一生懸命練習してたあたしより強くなってさ、おかしいよ! ムカつかない?」


「あっそ……でもな、マナセはそんなことねーと思うけど」


憂愁をたたえた面持ちで、マナセがつぶやく。


「わたしも……オトコのコ、苦手なんです。

 てゆうか、コワイ。

 小学生の時すごくいじめられたから……」


「ミカルだけはオトコ大好きでしょ、こないだも三股に挑戦してるとか言ってたし」


「別にスキじゃねーよ、基本、メンドクセーだけだし。

 でも向こうから勝手に寄ってくるんだから、せめてイジって楽しむしかねーだろ?」


「とにかく、よろしく」


「しゃーない。

 んじゃ、ウチの後について声出せよ」


「オトコって――――」


言いながらミカルは竹刀を振り上げる。


「クサイ!!!」


声を張り上げると同時に、竹刀を振り下ろした。

残りの二人も、声を合わせて素振りを行う。


「「クサイ!!!」」


再びミカルは竹刀を振り上げた。


「ゴムくらいヤる前に自分で――――買っとけ!!!」


竹刀がうなりを上げた。

が、サラとマナセの声が聞こえない。


「んん?

 どーしたんだよ?」


ミカルはほかの二人を見た。


サラは不快感まるだし、マナセは顔を真っ赤にしている。


「いきなり、下ネタやめてくれない? おゲレツ」


「わたしにはレベルが高すぎて、言うのもムリです……」


「な、何言ってんだよ、あんなお題で下ネタ以外のディスが思いつくわけねーだろ?

 テメーが言わしといて、なんなんだよ!」


怒るミカルが竹刀でサラを殴ろうとする。


巧みに竹刀ではじき返すサラ。


おろおろするマナセ。


ピアリッジ候補生の歓声は、いっそう高まり、春の空に吸い込まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る