第5話 海王

 海王の間の扉が開かれる。


 左右に厳つい顔をした魚人たちがずらりと並んでいる。屈強なる海の騎士たちだ。

 広間の奥に、規格外にでかい男が佇んでいるのが見える。

 胸元まで伸びた長く白いひげ。鋼のような筋肉はまるで鎧のようだ。下半身は魚……というより鯨のようだった。


 ――海王トリトン。


 海を統べる王は、鋭い目を俺に向けたが、その表情はすぐにほころんだ。

「おぉ……レオンではないか! 久々にニンゲンがこの海の城に来たと聞いたが、まさかおぬしであったとは!」

「久しぶりだなぁ、海王。元気そうだな」

「はっはっは。あと5千年くらいは現役よ。それにしてもレオンよ。おぬしたちが本当に魔王を倒すとは思わなかったぞ! おかげで海も元通りだ。魔獣化してしまった同胞は残念であったが……」

「あぁ……魔獣化を戻す方法は見つけられなかった。すまない」

「いやいや。おぬしたちが魔王を倒してくれなければ、そもそもこの世界は終わっていたのだ。よくぞ生きて、またワシのもとを訪ねてくれた。歓迎するぞ。うん? そこにいるのは妖精か?」

 海王は、ぽかんと口を開けて自分を見ている小さな妖精に気が付いた。

「はわーー! でっかいおっちゃんです!」

「はっはっは! そうよ、ワシはでかい男よ!」

 ルナは物珍しそうに、海王の周りをぷーんと飛んでいる。物怖じしないやっちゃな。


 海王はにこにこと笑っている。思ったより上機嫌みたいだな。ここで思い切って切り出してみるか。

「海王。……クララ、戻って来ているんだってな」

 俺がそう言うと、トリトンの表情が一気に険しくなった。

「うむぅ……。あのギルバードのヤツのせいでクララは……クララは……」

 トリトンの巨体がわなわなと震える。それだけで、海の城全体が揺れる。屈強な兵士たちが皆、狼狽える。

「落ち着け落ち着け。気持ちはわかるが……人間との交流を断つだけじゃなくて、海にあんな嵐を起こすのはやりすぎだぜ。王国が動いたら一大事だぜ」

「だがワシは――」

「人間を許せない、か? 掟を曲げてまで信頼した人間に裏切られて、憎いか? それは、俺たちに対しても同じ気持ちか?」

 トリトンは苦々しい顔をしている。彼も王だ。それも偉大なる海の王。心の内ではわかっているはずだ。一時の感情に任せたこの事態が、一族を危険な状況に追いやろうとしていることも。

「うぅむ……おぬしたちには恩がある。しかし」

「だったら、ギルバード一人を裁けばいいことだろう。他の人間たちを巻き込む必要はない」

「だが、あの男は城に籠ったきり、出てこないではないか」

「連れてきてるぜ、ギルバードを」

「……なんと。いつの間に」

「俺たちに恩を感じてくれているのなら……頼む。もう一度、機会をくれないか」

 海王は腕を組み、唸っている。


 長い、とても長い沈黙だった。


 そして海王は、静かに口を開く。


「よかろう。ギルバード王と会おう。海の掟に従い、裁きを決定する」

「……ありがとよ、トリトン」


 礼を言うのはこちらの方だ。と、海王は口には出さず、直接頭の中に伝えてきた。

 海の王の威厳を保つためとはいえ、めんどくせぇやつだなぁ、相変わらず。まぁ、思いのほか穏便に事が進んでよかった。



 俺はギルバードを海王の前に連れていくため、一度城の外へ出た。

 俺が海王との面会が叶ったことを伝えると、ギルバードは目を閉じ、大きく深呼吸した。


「――よし。行こう。覚悟はできた」

 腹をくくったギルバードは、ようやく王の顔を取り戻しつつあった。

「だいじょうぶですよ、ギルバードちゃん! おのでっかいおっちゃん、いいひとですよ!」

 ルナがギルバードの頭をぽんぽんと叩いた。

「はは。ありがとう、妖精のお嬢さん。それじゃあ、案内してくれるかな」

「はいです!」

 張り切って飛んでいくルナの後姿を、俺たちは追いかけた。

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