第2話 王の浮気
「……浮気。最低です」
アイが小さく言ったその言葉が、俺の心に突き刺さる。
しかしまぁ、なんだ。やってくれたな、ギルバード王子……いや、今は王か。もともと浮気性だったが、まさか海王の娘を嫁にしてもなお、他の女にちょっかいを出すとは恐れ知らずというか何というか。俺たちの”あの苦労”も水の泡だ。
かつて、世界樹の森の大陸へと向かった俺たちの前に、今回と同じような嵐が立ちはだかった。白鯨号の魔導炉で強引に突破しようとしたところ、海の中から巨人が現れた。それが、海王だった。
海王は魔王を倒すために旅をしている勇者にならば、頭を下げてもいいと思ったという。海王は俺たちにひとつの“お願い”を託すために、俺たちの前に現れたのだ。
その内容とは、海王の娘が受ける“7つの試練”に同行して欲しいというものだった。
なんでも海王の娘クララ姫が人間の男、つまりそれがギルバードだったわけだが……に恋い焦がれ、相思相愛になったのだという。しかし、人間と交わってはいけないという海の“掟”により、クララとギルバードは引き離された。さらにギルバードは、怒れる海王の眠りの呪いをかけられてしまった。ここでクララは大騒ぎ。ギルバードと一緒になれないなら死ぬとまで言い出すわ、派手に暴れるわで“海の城”は大騒ぎとなってしまい、それが嵐の原因になっているという……なんとも迷惑な話だった。
困り果てた海王は仕方なーく、愛する娘に好機を与えることにした。それが、“7つの試練”だ。世界の海のほとんどを支配するという厳つい王だが、娘には激甘だった。とにもかくにも、その試練を乗り越えれば、ギルバードと一緒になることを認めるということだが、それはかなり過酷な試練だった。命を失う危険性もある。しかし自分たち海の一族が手を貸すわけにもいかない。そこで白羽の矢が立ったのが勇者カイルだったというわけだ。
“7つの試練”の舞台は、海の中。もちろん、人間は海の中では息ができない。アイとカイルの魔法に加え、海王の腕輪という魔法のアイテムの効力を用いて、どうにか海に潜り、活動することができるようにはなった。
同行が許されたのは3人。カイルとアイと俺の3人が、クララに同行することになった。クララに生命の危険が及ばないよう、さりげなく守るのが俺たちの役目。海王は辛い想いをすれば娘は諦めるだろうと思っていたようだ。だから俺たちは、極力でしゃばらずに行動しないように言われていた。もっとも、海の試練はどんな強者でも突破できないように仕組まれたものではあったらしいのだが。
そう。海王の誤算は、俺たちの強さと、クララの想いの強さだった。どんな苦境にも諦めないクララの姿を見て、俺たちは力になりたいと思った。そして俺たちは、頑張りすぎた。
決して突破できないはずの試練を、俺たちは踏破してしまったのだ。これには海王も折れるしかなかった。
こうしてクララとギルバードは無事に結ばれることとなった。2人は永遠の愛を誓いあい、俺たちはそれを見届けたんだ。
――それなのになー。どうしてこうなった。
『クララ様は憔悴しきり、食べ物も喉を通らないそうです。海王様は大層お怒りになり、人間との交流を断ちました』
「ギルバードのヤツはどうしたんだ?」
『海王様の怒りを恐れ、自分の城に閉じこもったきりだそうです。城には強い結界が張られているようですが……破られるのは時間の問題でしょう』
「自業自得……だが、こいつは大事だな。海の王様を怒らせたとなると、海での漁はおろか、大陸間の交流が難しくなるな」
人間にとって大きな打撃になりかねない。下手すると”王国”が動く可能性もあるな。海の民と人間との戦争なんてことになったら、目も当てられない。どれだけの血が流れることやら。急な話だが、かなり深刻な問題だ、これは。
『私たちの多くもそれを望んでいません。何とかして最悪の事態を回避したいと考えています。その為にはレオン様、あなた様のお力添えが必要です』
まぁ、カイルの居場所はつかめないだろうから、必然的に俺の出番というわけか。
『どうか、私たちにお力を……』
魚人はふかぶかと頭を下げた。
「やらないわけにはいかないだろう、こりゃあ。アイ、手伝ってくれるか」
「はい!」
「ルドルフ、近くの港町に船を停泊させておいてくれ。ちょいと片づけてくる」
「おう、わかった!」
『ありがとうございます、レオン様』
「それじゃあ、まずは……ギルバードを引っ張り出してくるか。アイ、空間転移、頼めるか」
「はい、わかりました」
まずはやらかした当人が頭を下げないことには始まらない。
俺たちはギルバードのいる城へと向かうのだった。
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