或る記憶4
身体をいくつもの剣や槍、矢が傷つけていった。あらゆる魔法を受けてなお、彼は倒れなかった。それどころか、彼は笑ってた。
この程度、大した痛みではない。かつて味わった苦痛に比べれば、なんてことはなかった。
なおも、眼前には万の大軍。
「かかっ。オレひとりに対して強化兵をこれだけ割いてくれるとはな。こりゃ、好都合だ」
以前ほどの力は出ない。しかし、十分に戦える。時間稼ぎはできるだろう。
あの2人は無事に戦場から抜け出すことができただろうか。
(頼むぜ、相棒。あの2人はオレたちにとっての希望なんだ。守るため、最後まで付き合ってくれよ)
男は心で剣に語りかけ、そして強く握りしめた。
これが最後の戦い。死に場所を与えてくれた”あいつ”にはあの世で礼を言わなきゃな。男はまたしても、楽しそうに笑った。
戦場で生まれ、戦場で死ぬ。なんとも自分らしい最期ではないか。
「どうしたどうしたどうしたぁぁぁ! たったひとり相手に、びびってんじゃねぇぞっ!!」
咆哮は大気を震わせる。大地を揺るがす。
身体能力と魔力を極限まで高める代わりに、感情を失ったはずの強化兵たちが、恐怖を思い出し、震える。
「そっちから来ないなら、オレ様から行くぜ! オラオラオラオラァァァァッ!」
男は大軍へと突っ込んでいった。
――どれくらいの時間が経っただろうか。
いつしか雨が落ちてきていた。
雨音以外には、何も聞こえない。
身体の感覚はもうない。視界はぼやけて、もうほとんど見えなかった。
男は倒れた。
これでようやく、オレも“そっち”にいけるんだな。
なぁ――〇〇〇。オレの人生、ロクなことなかったけど、オマエと会ってからはずいぶんと楽しかったぜ。
そっちで会ったら、存分に語ろうや。思い出話に花でも咲かせて、酒でも飲み交わそう。ってお互い、酒には弱かったな。ま、酔うのもたまにはいいだろう。
ああ。見える。暖かい、光が。
希望の光が、世界を包み込んでいくのが。
男は笑いながら、静かに目を閉じた。
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