狂風
魔力の放出が止まらない。傷も再生しない。
四天皇アルーフォグレグルトは焦っていた。
せっかく復活できたというのに、深手を負ってしまった。
ダガーの持つ“血の短刀”の力は把握していたはずだった。しかしダガーが短刀から引き出した力は未知の恐るべきものだった。
――そう。アルーフォグレグルトは知らない。自分を倒した彼らが、その後のさらなる過酷な旅で強くなっていたことを。
「気配を感じて引き返してみれば……やっぱりアルルだった。ひさしぶり」
「――っ!」
気配なく背後に立っていたのは……クインだった。
アルーフォグレグルト――アルルは忘れなかった。
かつて世界樹の森の“お父様”の命を受け、自分を始末しにきた悪魔のようなこの姉を。そして四天皇となった自分に深手を与えたのもまた、彼女であった。アルルは歯ぎしりをした。
「あらあら……これはクインお姉さま。私を殺しにきたのかしら?」
「そうしてもいい。アルルはレオン様を憎んでいるみたいだし。また敵になるというなら――」
身体中の体液が凍り付くようだった。
クインがひとにらみしただけで、アルルの喉がぐぐっと締め付けられる。
クインの魔力が――増している。それは、ある感情を基に増幅していた。
クインがレオンに抱く感情は、アルルも知っていた。それはかつて、自分が愛した人に抱いたものと同じだった。だが、今、目の前にいるクインからはより深く、暗いものを感じた。それこそ魔王の眷属である自分たちに近いモノだった。
それは――狂気だった。
「アルル。今のボクなら、アルルの気持ちが痛いくらいにわかる。愛しい人……レオン様を失うなんてことになったら、ボクも耐えられない」
「あらあら……今更なにかしら? 謝ってくれるつもりなのかしら?」
アルルは口を閉ざした。そして目を逸らす。震えが止まらない。
「耐えられない……そんなの耐えられないよね。だからボクは、レオン様に近づく害虫すべてを始末するんだ。ああ、愛しのレオン様……はやく会いたい」
クインの心にはもはやレオンしか存在していないようだった。そんなことがあり得るのだろうか? アルルは震える唇を再び開いた。
「でも、“お父様”は許してくれないでしょう。私の時のように。それに“お父様”の例の計画が進めば、クインお姉さまの大切なレオンも……」
「許してくれないなら、許してもらうまで。例の計画のことなんか知らない。父がレオン様を奪おうと言うなら……その時は世界樹の森を焼き尽くすだけ」
「そんなことをすれば世界が滅ぶわよ」
「滅んだってかまわない。レオン様とボクだけが存在すれば、他はどうでもいい」
世界樹の意思を理解し、次の王たる存在であるクインの頭の中で何が起こったというのか。あの“お父様”の意思に絶対服従であったはずのクインが、何故。
「それで……アルルはボクの敵?」
クインの無表情が、近くにあった。
これでは、自分を屠ったレオンに復讐するという望みは叶えられそうにない。そんな復讐心などとてもちっぽけなものと思えるくらい、クインの”愛”の狂気の炎は巨大であった。
「ふ……うふふ。クインお姉さま。私はお姉さまの妹ですわ。敵などであるはずがありません」
「そ。よかった。アルル、ボクは本当に悪いことをしたと思っているんだよ? だからボクはね、アルルに希望を与えに戻ってきたんだ」
「希望?」
「そう。それはね……」
クインからその話を聞いたアルルは目を見開いた。
今度は恐怖ではなく、歓喜に震えた。
それは確かに、アルルにとっての希望であった。
「それじゃ、ボクは行くよ。頑張ってね」
去り際に、クインは魔力を放った。
アルルの傷が癒されていく。
もはやこれまでの憎しみなど消え失せた。成すべきことのために、全てを捧げるのだ。
魔石の囁きも、闇からの呼び声ももう聞こえない。
アルルは希望に満ちた目で、動き出す。
再び、手と手を取り合うために。彼女はその場所へと向かうのだった。
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