第9話 ルナと黒妖精

 2人の黒い妖精は、大きな魔石を運んでいく。

「レオン、楽しんでくれるかな」

「懐かしい人たちと会えて、嬉しいんじゃないかな」

「そうだね」

 2人はくつくつと笑う。


「待つですよー!」

 びゅうんと飛んできたのは、妖精ルナだった。

 黒い妖精たちは顔を見合わせた。

「その黒い石をどこに持っていくつもりですか!?」

「ああ。なんてことだろう」

「悲しいね」

「ああ、哀しい」

「きみは自分の役割を忘れてしまったんだね」

「仕方がない。一度壊して、吸収しちゃおう」

「この”卵”の養分にしてもいいかもよ」

「そうだね、試してみようか」

「そうしよう」

 妖精は不気味な表情で笑う。

「な、なんなんですー? あなたたち、ちょっと気持ち悪いです――うっ!?」

 ドロリと右肩近くから血が流れるのを見て、ルナの表情がじわじわと恐怖に歪む。

 最初はゆっくりと、そして急に鋭い激痛が頭の先から足のつま先までを駆け巡る。

「い、痛い! 痛いです! な、なんでこんなひどいことするですか!?」

 黒い妖精はそれに応えず、ルナの周りをくるくると周り始めた。

 ざく、ざく、ざく。ルナは嫌な音を聞いた。

 ルナの身体が見えない刃に刻まれていく。


「ぴぎゃっ! あ、あ……ぅ」

 ルナはあまりの痛みに息ができなくなる。

「弱いね。脆いね」

「うん。きっと小さくて弱い欠片だったんだろうね」

「さようなら」

「さようなら」


 ルナは震えた。怖くて怖くて、恐慌状態となった。痛くて痛くて動けない。

 近づいてくる2つの黒。嫌だ。怖い。怖い――。


 そしてルナは――




「うええぇぇぇぇーーーん!!!」


 泣いた。

 大声で。それもとてつもなく大きな声で。



「うわっ!?」

「うわわっ!?」

 ルナを中心に生じた強烈な音波が、黒い妖精たちを弾き飛ばしていく。

 音速の“槌”は次から次に黒い妖精たちにぶつかっていく。

「いたいいたい。頭が痛い。離れなきゃ」

「うん、いたいなぁ。離れよう」

 たまらず、黒い妖精たちはルナから離れて行こうとした。しかし、そこで動きが止まる。

「あれれ?」

「あれ?」


「あれ? 傷が治ったですー!」

 何故か痛みもすっかり消えている。途端にルナは泣き止んだ。そして黒い妖精が静止していることに気づく。

 ――今だ!


「ルナきーーっく!」

 ルナのキックが魔石に直撃する。

「いったーーーーいですーーーー!!」

 ごいぃぃぃんと魔石が揺れた。ルナは足を抱えてあたふたと飛び回った。その様子を見て、黒い妖精たちはケタケタと笑う。しかし、その笑いはすぐに凍りつくことになる。

 魔石が、”卵”が黒から白へと染まっていく。

「そんな」

「馬鹿な」

「どうして?」

「どうして?」

 理解できない。黒い妖精たちは混乱した。


 そこに、スライムの姿を鳥へと変形させたアイがやってくる。

「ルナちゃん、大丈夫?」

「アイちゃーん! 怖かったですー!」

 ルナはアイに飛びつき、びえーんと泣いた。

「もう、いきなり飛んでいくからびっくりしちゃった。それで……この子たちは?」

「わからないですぅ。わたくしのお友達かと思ったんですけど、なんかすごく嫌な感じのする黒い石を運んでるし、わけわからないことばっか言ってルナをいじめてきたですよぅ」

 アイは白く染まっていく石を見て、それが魔石であると即座に感じ取った。しかし、禍々しい気配が薄れている。石が完全に白に染まると、瘴気も消え去っていった。

 一体なぜ、魔石はその悪しき力を失ったのだろうか。ルナが魔石に蹴りを入れていたように見えたが、それが関係しているのだろうか。

 次にアイは魔法の檻で捕らえた黒い妖精たちを見た。


 途端に吐き気が込み上げる。忘れもしない、この感覚。



 これは――魔王だ。



 黒い妖精たちは檻の中でもがく。

「無駄よ。その檻の中ではあなたたちは何もできない」

「……」

 2人の黒い妖精はうなだれた。

(諦めた? いえ……これは!?)


 アイが気づいた時には遅かった。


 轟音と共に、瞬く間に爆炎が広がり、空を焦がしていった。

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