第8話 敵

 ――黒い妖精だ。

 ルナによく似ているが、あれは別物だ。魔王を前にした時の感覚に近い。あれがヴォルグ……いや、アンヘルの言っていたヤツか。


「あ、レオンだ」

「レオンだ、レオンだ」

 2人の妖精は、嬉しそうに笑っている。


「魔王の因子ってこたぁ、俺のことも記憶しているってわけか」

「そうだね、ぼくたちはきみのこと知っているみたい」

「きみ、すごく強いんだよね」

 きゃっきゃと妖精たちが笑う。


「それで、お前たちはここで何をしているんだ?」

「教えない」

「教えなーい」

「そうか」

 俺はマカロンを妖精たちに向けた。

「殺すつもりなの?」

「ひどいね」

「ひどい」

「うん、ひどい」

「そうさ。俺はひどいやつなのさ。お前たちと、そこにある魔石……壊させてもらうぜ」

 俺は地面を蹴って、飛んだ。

 妖精たちに向かって剣を振る。地面が大きく抉れる。

『後ろだ、レオン』

「わかってる!」

 後ろから迫る見えない刃を、俺は手で弾いた。

「うそ」

「どんなものも真っ二つにしちゃうカマイタチが」

 俺は容赦なく、黒い妖精に向けて剣を振る。ばきぃんと、妖精を守っていた結界が割れる。

 追撃。しかし、手ごたえがない。というよりも手に、マカロンがない。

 俺は新たに現れた気配に振り返った。



「よ~ぅ。久しぶりだなー、レオンー」

「お前は……」

 そいつの“右手”には、マカロンが握られていた。

「悪いが、アンタに魔石を壊させるわけにゃいかねーのよ」

「黒い妖精とつるんで、魔石を使って何をするつもりだよ……リキッド」


 盗賊王リキッド。

 かつてこいつにカイルの剣が盗まれたり、アイがさらわれたりとエライ目に遭わされたっけな。魔王の眷属である、四天皇のなんたらのお宝盗むのに失敗し、“右手”を切断され、盗賊稼業を引退したはずなのだが。

 蒼い髪を尖らせたそいつは、くくっと喉を鳴らした。


「おれはなー、レオン。ずっとずっと悩んでいたんだー。もう、どんなお宝を盗んでも、盗んでも、盗んでも……おれの心は満たされなくてなー。だからちょっと盗んでみようと思ったわけよー。とんでもなくでっかいモンを。この、世界をな」

「……意味がわかんねーぞ、このコソ泥が」

「くくっ。それにな、アンタらとやりあってた時が、おれの人生の中で一番楽しかった。だからよ、レオン。また、あそぼ~ぜー!」

 瞳の色が、ドス黒い。こいつ、もう……。

『あ、レオン! あいつら、行っちまうぞ!』

「ちっ」

 空に浮かんだ2つの光。その間には大きな魔石があった。俺は地面を思い切り殴り、飛んだ。

「おっと、させぬよ」

 がつんと殴られる衝撃。俺は地面に叩き落とされた。

「ほっほ。今ので無傷とはさすがはレオン」

「……ちっ。次から次に何だってんだ。じじい、お前も“そっち”側にいったのかよ」

 空に浮かぶじじいが、長くてもふもふの白髭をなでて笑っている。


 あのじじいは――大賢者ヨハネス。レオナの師匠で、かつての戦いで神殿を守るために魔力を使い果たし、死んだはずだ。最期を看取ったのはレオナだったか……。

「ほっほ。わしゃ、まだまだ死ぬわけにはいかんのでの。大いなる研究を成し遂げるためにはのぅ」

「そのためなら、人間をやめても構わないってか」

「――ほっほ」

 妖精たちが遠ざかっていく。

「てめぇらと遊んでいる暇はねぇんだよ! どきやがれ!」

 俺が吼える。空気が震撼する。

 マカロンがリキッドの手を弾き、俺の手に戻る。

「ありゃりゃ、こりゃ重力魔法かー? 身体が動かねー」

「いや、こりゃ、レオンの単なる圧力じゃ。いかんな、ひっぱられる」

 こいつらのこの余裕。まだ、何かいるな。


 ――5割開放。

 

 何が潜んでいても関係ない。跡形もなく吹き飛ばしてやる。


「やめて! レオンさん!」


 ――俺の思考が一瞬停止した。

 俺の目の前に現れたのは、アイだった。

 いや、違う。これは……。


「ほっほ。隙ありじゃ」

「くっ!」

 俺の身体が動かなくなる。


 ムカムカしてきたぜ。どうやらこいつら……俺を怒らせたいようだな。

 そのにやついた顔を、原型とどめないくらいに歪ませてやる。

 俺はヨハネスの張った結界の中で、力を溜めた。

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