第5話 熱帯夜、再び(前)

「きゃあっ!? だ、誰!?」

 ルドルフの船、白鯨にぴょいんと飛び乗ったら、甲板に誰かいたらしい。驚かせてしまった。


「悪い悪い……ってミネアじゃねーか。ルドルフはどうした?」

「あ、ああ、レオンだったのね。びっくりしたわ。あの人なら、疲れて船長室で爆睡してるわ」

「はっ、あいつが酒なしに寝るなんてよっぽどだな。それだけ急いで船を整備したりしてくれているってことか。面倒かけるな」

 ミネアは笑って首を振る。

 そしてくんくんと、鼻をならす。気が付いたようだな。俺がもっている極上の酒に!

「まぁ、しゃーねーな。ルドルフには内緒にしてくれよ。ほれ」

 俺は瓶に入っているウンディーネの涙を差し出した。

 ルドルフのために残してきてやったのだが、寝ているなら仕方ない。その嫁さんにくれてやるとしよう。

 ミネアは俺の手のウンディーネの涙を見て、きょとんとしている。

「……いや、まさかね……そんなはず、ないわよね。でも、一応、聞いておくわね。レオン、これってもしかして……」

「ウンディーネの涙だ」

 ミネアがずざざざと後ずさる。

「ほ、ほ、ほ……本物なの!?」

「ああ」

「え? 本当に? 本物? え? それ、アタシにくれるの? なんで?」

 ミネアは混乱している。

「お前に飲んでもらえりゃ、酒も喜ぶだろうさ。念を押すが、ルドルフには内緒な。あいつ多分ショックで寝込む」

 ミネアは恐る恐る、手を伸ばす。瓶を受け取った手が震える。そしてゆっくりと、ゆっくりと酒に口をつける。

 ミネアの全身が震える。

 そして目から、どばっと涙が溢れ出た。

「っおいっしー! なにこれ、なにこれ!?」

 飛び跳ねて興奮したかと思えば、とろんと表情がゆるゆるになった。

「うぅぅん……幸せ……生きててよかった……」

 心より幸せを感じている表情だ。うん、やはりルドルフに飲ませるよりか、見てて気持ちいいな。あいつはきっと、がっはっはーと笑って豪快に飲むのが容易に想像できるからなぁ。


「それじゃ、俺はこれで」

「レオン、ありがとーーっ! 大好き!」

「うおわっ!?」

 急にミネアに抱きつかれ、俺はあたふたするのだった。

「お前なあ……こんなところルドルフが見たら泣くぞ」

「大丈夫よ、一度熟睡したらよほどのことじゃなきゃ起きないし、あの人。あ、ちょっと待ってて、色々お酒もってくるから」

「は? いや、俺はもう」

 帰るという言葉を聞かずに、鼻歌うたいながらミネアは船の中へ行ってしまう。

 放っておいて帰るべきなのだが、酒……飲みたいんだよなぁ。空、そして海面には月が煌めいている。ゆったりとした波の音を聞きながら酒というのもなかなかイイもんだろうな。

 そんなことを思っていると、ミネアが酒の瓶を抱えて戻ってきていた。

「さっ、飲みましょー!」

「ああ……飲むか!」

 そして俺たちは愛すべき酒たちを口にするのだった。

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