第3話 ウンディーネ
ものすごくごっついおっさんだと思っていたヴォルグは、美女だった。
うわあ。鎧着ていたからわからなかったとはいえ、全力で殴り合ってたのか、この美女と。
あまりの衝撃に酒の味もわからなくなってしまったので、持ってきてくれたウンディーネの涙は、もう少し俺が落ち着いてから口にするとしよう。いや、このウンディーネの涙が俺の手元にあるというのもかなーり衝撃的なのだが、それ以上にヴォルグの鎧の中の人に衝撃を受けて、その存在がすっかりと霞んでしまったよね。
「そんなに驚くようなことだったか?」
「そりゃあそうだろ! あんなごっつい鎧着てて、そんですげぇ低い声で話すし、超威圧的だし。それが鎧を脱いだらどうだよ……美女が出てくるって誰が想像するかよ」
「美女? 美しい、ということか? 私が」
ヴォルグは驚いているようだ。
「あぁ、絶世の美女ってやつだろうな。見てみろよ、酒場の野郎どもの顔。しかもさっきまでガラガラだったのに、人がこんなに集まってきてやがる。外にも人だかりできてるみてーだぜ」
テンプテーションの影響もあるのだろうが、それにしてこれは……。
「そうか……私は美しい、のか」
「なんだ。自覚があってあの鎧着てるわけじゃないのか」
「あの鎧は私から漏れる魔力を抑えるだけでなく、何かと便利な代物だからな」
「見るからに暑苦しそうだが、蒸れたりしないのか、あれ」
「自動的に温度調整がきくから、中は常に快適だ」
「そ、そうなのか」
もはや不思議鎧だな。
「鎧を脱いだのはいつぶりだろうか……」
ヴォルグは天井を見上げ、考えている。それだけ長い時間、あの鎧を脱いでいなかったのか。
「まさか寝るときも鎧着てるのかよ。水浴びとか、風呂とか入らないのか?」
「ふむ。鎧を着ていないとよく眠れないからな。それに水浴びなどをしなくても、鎧の効力で汚れなどを分解してくれる」
色々とすげーな、あの鎧。だからそんなに艶やかな髪と瑞々しい肌をしているのですね。
「でも、重たくねえのかよアレ」
「鎧の効力で重さは感じない。そのような話はまた後で、そろそろ本題に移ろう」
「その前に乾杯だ」
「乾杯?」
俺はグラスに、ヴォルグが持ってきた幻の酒、ウンディーネの涙を注いだ。
なんという青。しかし、時にそれは透き通り、グラスに何も入っていないように見えた。
水の精霊ウンディーネ。この酒には“涙”と名付けられているが、本当にウンディーネの涙が入っているわけではない。ウンディーネは泣かない。涙を零さない。
千年以上生きたウンディーネは、人間では絶対たどり着けないような深海などで“結晶化”する。結晶は五百年かけて海に溶け、流れ、傷ついた海を再生させる。そして海で散った生命などに宿り、新たなウンディーネと成る。
その例外がある。人と長く関り、絆を結んだウンディーネは、稀に、友情の証として結晶化した自分を捧げるという。その結晶を海水に入った瓶にいれ、やはり五百年かけて溶かし、そして作られた酒こそが、ウンディーネの涙なのである。まさか酒にされるなんて、そりゃあ、ウンディーネも涙を零すわな……みたいな感じで名付けられたとか何とか。
出来上がるまでに千五百年かかるというこの酒は、味も極上。富豪たちが自分の全財産をかけてまで血眼になって探し求めるくらいだ。これを巡って争いが起こったという事例も数多くある。
グラスを持つ俺の手が震える。ヴォルグは特に何の感慨もなさそうにひょいっとグラスを持ち上げて見せる。
「そんじゃ、ま……仲間との再会を祝し、乾杯!」
「乾、杯?」
俺とヴォルグは軽くグラスを合わせた。
そしてついに、ウンディーネの涙を、俺は口にした。
口に含んだ途端に走る衝撃! 全身に電流が駆け巡っていくようだった。あの、伝説の
喉を酒がすっと通り抜けていく。火のように熱くなったと思えば、ひんやりとした清涼感が喉を癒し、潤していく。じんわりと胃の中から、体中に広がっていく感覚。
ほんの一瞬、俺は海の中にいるかのような錯覚に陥った。
深い深い海の中に、俺はおちていく。
美味い……。無意識に俺は涙を流していた。
「ふふ。気に入ってもらえたようだな」
「ああ……最高だ。感謝するぜ、ヴォルグ」
「アンヘル、だ」
「……へっ?」
「私の
「あ、ああ……」
ヴォルグ、もといアンヘルはウンディーネの涙に口をつけ、微笑んだ。
俺はその微笑みに心を奪われそうになり、思わず目を背けてしまうのであった。
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