第2話 えーーーーーーっ!!!

 どうにかこうにか嵐を回避することができたが、アイはかなり不機嫌になってしまった。

 ミネアのやつ、わざとか? わざとなのか? だとしたら悪魔の所業だ。なんて恐ろしい。

 ルドルフとミネアは船での作業に戻り、俺たちは町をぶらぶらとしていた。マカロンはうるさいので、船に置いてきた。

 俺とアイの間に微妙な空気が流れているので、ルナも静かになってしまった。


 そんな俺たちの前に――港町の賑やかさと心地よい潮風にまったく似合わないやつが現れてしまった。

 黒い鎧がぎらりと輝いている。深紅のマントが潮風を受けて不気味に揺らめいている。黒騎士ヴォルグは圧倒的存在感を放ち、そこに佇んでいた。

 ヴォルグを前に、ルナは俺の頭の後ろに隠れてぷるぷる震えた。

「よう、ヴォルグ。また会ったな」

 偶然、ではないな。何らかの方法で俺たちの居場所を掴み、先回りしてやがったな。


『酒に付き合うという約束を果たしに来た』

「なんだって?」

 急にどういうつもりだろうか。何か裏があるのは間違いないが、こいつの素顔を拝む絶好の機会だ。

『アイよ。悪いがレオンを借りるぞ』

「は、はい」

 有無を言わさぬヴォルグ迫力に、アイは頷いた。

 俺はちょっとほっとしてしまった。俺がいない間に、アイの機嫌が戻ってくれればいいのだが。

『この港町は少し賑やか過ぎる。南の町の酒場に行くとしよう』

「ああ。それじゃ、ちょっといっ――」

 言葉の途中で空間転移させられた。瞬間的に風景が変わる。

『先に酒場に行っていてくれ。私は少し準備をしてから行く』

「準備って……おい」

 ずしずしとヴォルグは行ってしまった。相変わらずゆとりの欠片もねぇやつだなぁ。

 仕方なく、俺は一人で酒場へと向かった。



 まだ早い時間ということもあり、酒場には人がほとんどいなかった。

 俺は酒場のカウンターでちびちびと酒を飲み、ヴォルグを待つ。

 きっと鎧を脱いでから来るんだろうな。いや、まさか鎧のまま来るんじゃなかろうか。やつのことだからありえるかもしれない。兜と取らずに、それでどう酒を飲むのか見ものではあるが……。

 ふと、隣の椅子が引かれた。


 甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 ふわりと、椅子に座ったのは――見るものすべてを惹きつけてしまうような、美女だった。

 整った顔立ちは、まるでかつてどこかでみた女神の彫像のようだった。なめらかな白い肌は、光を放っているかのように見える。背は高く、金色の髪は長い。微かに耳がとがっている。エルフ……なのだろうか?

 左の瞳は青色で、右の瞳は緑色だった。艶やかな桃色の唇に、思わず見とれてしまった。

 その美女は、俺の手元に瓶を置いた。

「幻の酒“ウンディーネの涙”だ。手に入れるのに苦労したぞ」

 声もまた、美しい。頭がぽうっとしてきた。俺は首を振った。

 これは“魅了魔術テンプテーション”か。

「ああ、すまない。鎧を着ていないと魔力が溢れてしまうんだ。もう少し抑えてみるか」

「あ、あのー。ど、どちら様ですか」

 ありえない。絶対にありえない。そんなわけがないだろう。俺はその予感を必死で打ち消そうとした。



「寝ぼけているのか、レオン。私だ、ヴォルグだ」




 ……。




「えーーーーーーーーーーーっ!!!!!」





 俺の大声は、酒場を震撼させ、町中に響き渡ったという……。

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