第9話 光の剣

 剣が、いとも簡単に弾かれる。

 距離を取ってもすぐに詰められてしまう。速すぎる。

 それでも僕は退かずに、前に出た。全身でぶつかっても、跳ね返されてしまう。大きな壁にぶつかったみたいだった。


『ニンゲン、死ねっ!』

 きた……大振り。僕は首への薙ぎ払いをしゃがんで避けた。一瞬でも遅れていたら、頭が切断されていたかもしれない。そんな風に思わせる圧力が頭上を抜けていく。

 今だ!

 僕はウルクの胴に向かって剣を振った。

 しかし、剣は空を切る。かわされたのだ。

 ウルクは一瞬で遥か後方へと飛び退いていた。その距離がまた、一瞬にして詰まる。

 鉈が僕の頭めがけて振り下ろされる。かろうじて剣で受け止める。

 ダメだ。もっと速く、強く……。

 僕は踏み込み、鋭く突きを放つ。いとも簡単に弾かれてしまう。

 ガンという衝撃と共に、視界が一瞬暗くなる。僕は床に叩きつけられて、倒れていた。口と鼻の中が切れたみたいで、ぼとぼとと血が溢れ落ちていく。

 右頬から顎がじんじんして、感覚がなくなっている。床に叩きつけられた時に背中を打ったみたいだった。顔よりもそっちの方が痛かった。

 僕は、殴られたのか……?

 足ががくがくして立てない。頭ががんがん痛んできた。視界がぐるぐる回って、気持ち悪い。

 視界の隅で、ウルクが跳んでくるのが見えた。

 身体が動かない。剣で、剣で防がなきゃ。かろうじて、手は動く。剣を弾かれたら終わりだ。僕は両手で剣を強く、強く握りしめた。

 パキィンと、高い音が鳴った。

 剣だ。剣が欠けてしまった。剣に大きくヒビが入っているのが、はっきりと見えた。

 身体が宙に浮く。床に落ちるまで、何秒かかかった。

 視界が真っ黒になる。


 こんなにも、こんなにも……強さに差があるのか。

 身体はもう、まったく動かない。それなにに、意識だけがはっきりとしている。

 ウルクが近づいてくるのが、足音でわかる。それと、あの黒いやつもすぐ近くにいるみたいだ。


 僕は、死んでしまうのだろうか。それとも、もう死んでしまったのだろうか。

 何にもできなかった。僕にもっと力があれば、みんなを助けることができたのに。



 ――力が、欲しいのか。



 声が聞こえる。

 力が欲しい。僕は応える。



 ――ならば願え。この闇に。そうすればお前は強くなれる。誰にも負けない力を手に入れられる。あの男……レオンにも近づくことができるだろう。


 僕も、レオンさんみたいに、強く?

 僕の願いを、叶えてくれるの?



 ――お前の願い、叶えてやろう。さぁ、願え。



 僕は……。



『その闇に耳を貸すな。そいつに取り込まれたら最期だ』

「……誰? え? その、声は……もしかして」

『剣に、光に願いを託せ』

「でも、剣が欠けて、ヒビも入っちゃって……」

 手のあたりが温かい。身体に力が戻ってくる。僕の手から光が放たれ、闇を照らしていく。


 ――光。おのれ。


『立ち上がれ、クレス。恐れずに立ち向かえ。そのための力は、お前の手の中にある』

 剣がバラバラと崩れていく。いや、それは剣の真の姿を覆う単なる金属だった。 一回り小さい、けれど強い光を放ち輝く、白銀の剣身が現れる。

 気が付くと、僕は立ち上がっていた。



『光よ。クレスを守り給え』




「……おじいちゃん?」

 確かに、おじいちゃんの声が聞こえたような気がした。ついさっきのことだと思うけれど、もう、何も思い出せない。まるで夢を見ていたかのようだった。

 僕に何が起こったんだろう。確か、ウルクにやられたはずなのに……。あれ? どこも痛くない? あちこち切れていたはずなのに、血も出てない。


『おぎゃあぁぁぁあぁあぁっ!』

 黒い人型が叫んだ。

『うるさい、うるさいうるさい! 言われなくても、すぐにぶっつぶしてやる! なにさ、剣が変わったくらいで。叩き砕いてやるよ!』

 ウルクがずんずんと近づいてくる。

 僕たちは再び対峙した。

  

 剣に、光に願いを託せ。

 声が聞こえたような気がした。


 僕は願った。力を。

 みんなを救う力を、どうか僕に。


 そしてウルクの鉈と僕の剣が、再びぶつかり合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る