第8話 勝負!

 セエレさんの手からふっ、と力が抜けた。

 僕はせき込みながら、セエレさんを見た。セエレさんは目を見開き、震える両手を見ている。目からは涙がこぼれていた。

「ワタシ……今、何を?」

 僕は愕然とするセエレさんに声をかけようとした。けれど、何も言葉がでてこなかった。

 僕は、怖かった。セエレさんが……いや、モンスターの人間に対する憎しみ、恨みといった黒い感情が。こんなにも激しい感情をぶつけられたことは今までになかったから、僕は恐怖で動けなくなってしまった。

「……やっぱり、ダメみたいねぇん。クレスちゃん、ワタシが意識を保てているうちに……はやく」

 ワタシを、殺して。

 僕は、剣を握りしめ直した。

 周囲を見渡す。

 黒い人型のあいつは、しゃかしゃかと動き回り、黒い霧を体中の口から吐き出している。

 オークたちはウルクの激しい攻撃に防戦一方だ。さらに悪いことに、暴走し始めたオークもいる様だった。状況は悪化するばかりだ。

「クレスちゃん……はやく……もう、抑えられない」

 セエレさんは苦しそうだった。


 セエレさんを、殺す? 殺さなければ、僕が殺される。

 でも……でも!

「……そんなこと、できるわけないじゃないですかっ!」

「ク、レ、ス……ちゃん」

「セエレさん、もう少し頑張ってください! 僕が、みんなを……助けます!!」

 僕は叫んで、自分を奮い立たせた。恐怖に呑まれちゃだめだ。

 狙いはただ一つ。魔石だ。魔石を壊せば、全て解決するはずだ。

 僕は走った。暴走したオークがこん棒を振り回している。僕はそれを剣ではじき返す。腕がビリビリ痺れるけれど、耐えられない痛みじゃない。僕はそのオークに体当たりした。オークは体勢を崩し、床に尻もちをついた。

 相手にしていたらキリがない。僕はオークたちをかき分け、どうにかウルクのもとへとたどり着く。


『ニンゲン……殺す』

 ウルクがげたげたと嫌な笑い声をあげた。

「人間の小娘が、ウルクお嬢に勝てるわけがない!」

「だが、瘴気の影響を受けていないのはあいつだけだ」

「人間なんぞに託すというのか!? おれたちの命運を!」

「うるさいっ!!」

 ざわつくオークたちに向かって、僕は大声で言い放った。

「僕が、僕が絶対にみんなを助けてみせる! 僕を、信じて!」

 僕が勝てる見込みなんてない。でも、僕が何とかするしかないんだ。僕が、僕が……やるしかないんだ。

「野郎ども、ここはあの小娘に任せるしかねぇ。暴走したヤツらを小娘に近寄らせるな!」

 若いオークが、階層中に響き渡るような怒号を発した。

「応ッ!」

 オークたちは大声でそれに応えた。

「大口叩いたんだ。絶対に勝てよ! ……おれの妹は、大振りした後の隙がでかい。任せたぞ!」

 若いオークは僕を見ずに言うと、暴走した仲間たちに向かっていった。

 あの若いオークは、ウルクのお兄さんなのか。任された以上、何としても勝つしかない。

『アアアアァッ!』

 ウルクが叫び、跳躍した。圧力が落ちてくる。剣と鉈が交わる。

 凄まじい力に払われ、僕は床に転がった。すぐに立ち上がり、身構える。手に、足に、全身に力を込める。よし、大丈夫。まだまだ戦える。


 ――勝つ。絶対に、勝つ。


「いくぞっ!」

 僕は床を、蹴った。

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