第7話 暴走するモノたち
――第4階層。
そこはまたしても大きな広間だった。3階層よりも広いみたいだ。下に行けば行くほど、どんどん広くなっていく構造なのかな。
広間には黒いもやもやしたものが漂っている。
ビキビキビキと、大きな音が鳴った。広間の中央あたりの床に亀裂が走った。
亀裂から、黒い霧が噴き出す。広間に漂っていた黒いもやもやも、部屋の中央の亀裂の上へと集まっていく。
「あ、あれは……お嬢!?」
「なんてこった!」
オークたちが愕然としている。
黒い霧の中から現れたのは、オークの……女性?
やはり外見は、人間の女の人とほとんど変わらない。
栗色の髪。少し尖った耳には小さな宝石のようなものがついている。目は真っ黒に染まっていた。オークの女性は大型の鉈を右手に持ち、口端を歪めて邪悪に笑っている。少し尖った八重歯が見えた。
僕はそのオークの女性の胸の真ん中あたりに、黒い光を見つけた。セエレさんもそれに気づいたようだった。
「やっぱり、あれが原因だったみたいねぇん。あっちからやってきてくれて、探す手間が省けたわぁん」
セエレさんが額の汗を拭い、言った。かなり苦しそうだ。
あれが……魔石、なのか。
「ウルクお嬢! くそっ、瘴気にやられちまったのか!?」
『く……くくく。世界を、闇に』
ウルクと呼ばれたオークの女性が左手をあげた。
黒い霧がその左手を中心に凝縮されていく。
――ぎぎぎぎぎぎぃ。
霧は黒い人型に姿を変えた。身体中に目や口があって、気持ち悪い。
『おぎゃああぁぁぁぁっ!』
そいつは地面に四つ這いとなって、赤ん坊のような叫び声をあげた。びりびりと耳が痛む。
『みんな……アタイのために、死んで!』
「やめろ、ウルクお嬢っ!」
ウルクがけたけた笑いながら、鉈を振り回し、オークたちに突っ込んでいく。
『おぎゃああっ!』
来る!
黒い人型はしゃかしゃかと音を立てて、僕に接近してきた。とても不気味な動きだった。
「てぇぇいっ!」
僕は黒い人型の頭めがけて剣を振り下ろした。
『ぎゃああっ!』
そいつは僕の攻撃をかわすことなく、そのまま頭に剣を受けた。血ではなく、かわりに黒い霧のようなものが噴き出した。人型はざざざと後退し、距離を取った。
何なんだ、こいつは。よくわからないけれど、すごく嫌な存在ということだけはわかる。剣を握る僕の手は、汗でぐっしょりと濡れていた。
「ウルクお嬢を止めろ!」
「駄目だ! 速すぎる!」
「やり合うしかねぇってのか、お嬢と!?」
オークたちは混乱している。
そうだ。セエレさんの糸でウルクの動きを止めて、魔石を壊せば……。
「セエレさん、糸を――セエレさん!?」
『く、く……人間、ニンゲン……憎い』
セエレさんの表情を見て、僕は震えてしまった。刺すような鋭い眼差しが、僕の心臓に突き刺さる。
『オマエたちニンゲンはワタシの旦那を殺した。仲間たちを殺した。ワタシは独りぼっち。苦しい。寂しい。よくも……よくも……!』
セエレさんの手が、僕の首に伸びる。
「セエレさん! しっかりしてください、セエレさん!」
僕の声は、届かない。
セエレさんの両手が僕の首をギリギリと締め上げる。爪が食い込み、血が流れていくのがわかった。
僕の視界は、ゆっくりと黒く――染まっていった。
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