第5話 ダンジョンの異変

 そのモンスターは外見はほとんど人間と変わらなかった。違いと言えば、肌が少し緑がかっているくらいだった。

 “オーク”という種族らしい。町の昔話で聞いたことがある名前だ。その昔話だと、オークは大型でごつごつしていて、イノシシのような、ブタのような顔をした恐ろしい存在だった。

「オーク族にも色々な種類があるのよぉん。ここの種族は人間に極めて近い姿をしているけれど、身体能力は人間よりはるかに優れていて、武器の扱いも上手よぉん。これでよし、と」

 セエレさんは倒れたオークに先ほど入手したポーションを飲ませ、止血用の糸を傷口に巻き終えていた。

「す、すまない。助かった。……行かねば」

「もう少し休んだ方がいいわよぉん」

「仲間たちが危ない。近くのミノタウロスたちに助けを求めなければ……」

「何があったのぉん?」

「……魔獣が大量に発生した。さらに仲間たちも瘴気にやられて暴走してしまっている。下は大混乱だ」

 なんだかただ事ではない状況みたいだ。ダンジョンから出て、タマモさんたちに知らせた方がいいかもしれない。

「セエレさん、一旦、戻りましょう」

「……残念だけど、それは難しいかもしれないわぁん」

「え?」


 ――ぎぎぎぎぃ。

 ――ぎぎぎぎぃ。


 耳障りな音が響き渡った。振り返ると、そこには……無数の目玉がぬるりと光っていた。

 大きな一つ目の黒い球体がいくつも宙に浮いている。

「くっ……この魔獣たちだ。一匹一匹は大したことないが、なにぶん数が多い」

 オークが言った。僕は剣を構える。

「まだ戦えるオークたちは下にいるのかしらぁん?」

「わからない。とにかくひどい状況だ」

「……ダンジョンから出るにも戦力が必要ねぇん。さて、どうしたものかしらぁん」

 セエレさんの表情は険しい。この場を切り抜けるにはどうすればいいのだろう。僕の握りしめた手が、ぐっしょりと汗で濡れる。

「セエレさん。下に降りましょう」

「クレスちゃん?」

「前にジェミナさんたちが暴走したのって、確か“魔石”というものが原因って話でしたよね?」

「ええ。魔石から放たれた瘴気の影響だって、アイちゃんが教えてくれたわねぇん。……クレスちゃん、まさか」

 僕は頷いた。


 さっき、オークは仲間たちが瘴気にやられたと言っていた。もしかしたらこれは、魔石が関係している事なのかもしれない。そうだとすれば、魔石を壊せば瘴気は消えるはず。

「考えている時間はない、か。ここは突き進むしかないわねぇん。よし……いきましょ。クレスちゃん、しっかりついてきてねぇん」

「はい!」

「ま、まて。無茶だ……うおわっ!」

 オークは糸で絡めとられ、セエレさんの背に乗せられた。

 僕たちは顔を見合わせた後で、一気に階段を駆け下りた。

 ちらりと後ろを見ると、目玉たちがゆっくりと追いかけてくるのが見えた。動きは速くないらしい。

「あれがくると鬱陶しいわねぇん」

 セエレさんがおしりのあたりから糸を飛ばすと、ぱっと宙で開いて、大きくて綺麗な形のクモの巣が張られた。目玉たちは巣にくっつき、動きが取れなくなった。

「これでちょっとは時間稼ぎになるかしらぁん」

 目玉たちを引き離し、僕たちは走る。走り続ける。終わりがないと思えるくらいに、とても長い長い階段だった。薄暗い闇とじめじめした冷気が肌にまとわりついてくる。

 やがてその果てへと、僕たちはたどり着く。



 ――第3階層。



 そこは大きな広間となっていた。そこにはあの目玉たちが数えきれないくらい漂っていた。その目玉たちが一斉に、僕たちの方を向いた。

 戦いが、始まる。

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