記憶の断片(後編)
「セレスティア様~! うちで獲れた野菜だ! 食べてみてくんろ!」
水みずしくて、おいしい。
世界樹の種子を失い、帰る手段も失ってしまったわたしは、人間さんたちのお世話になっていた。
みんな、とても優しくしてくれる。みんな、とても温かい。
この土地は自然が豊かで、そして植物たちが活き活きしていてとても心地よい。植物たちの喜ぶ声が聞こえる。野菜たちも人間さんたちに食べられることを喜びに感じている。
――あれ?
どうしてわたしは、みんなの声が
聞こえなく、なってしまったのだろう――
穏やかな日々が続いた。
時には虫や魔物が畑を荒らそうとしたけれど、わたしの力で退けることができた。
――どうしてわたしは、力のほとんどを失ってしまったのだろう――
世界中に瘴気が漂い始めていた。それは魔王という存在の所為だと、人間さんが教えてくれた。
魔王は100年以上も前から、魔界と呼ばれる大陸で瘴気を放ち続けているという。徐々にその眷属を増やし、世界中を汚染しているらしかった。そんなこと、わたしは知らなかった。誰も教えてくれなかった。なぜ?
瘴気の影響は、この大陸にも表れ始めていた。
瘴気を吸った動植物は狂暴な魔獣と化し、土や水も毒されていった。わたしはその都度、浄化の力を使い、みんなを守っていった。
――ああ。そうか、わたしは……力を、使い果たしてしまったんだ――
やがてわたしは、その力を失い始めた。それでもわたしは、みんなを守るために戦い続けた。
「セレスティア様、もう無理しないでください! このままでは、あなたの身体が……」
わたしは笑った。
「わたしはみんなを守れれば、それでいいのです。わたしの命が尽きようとも、わたしは戦い続けます」
帰るべき場所を失ったわたしにとっては、ここが故郷なのだ。それに、みんな、わたしに優しくしてくれた。笑いの輪の中に、わたしをいれてくれた。ありがとう、ありがとうって言ってくれた。だから、わたしはみんなを守る。
しかし、終わりは突然訪れた。
大量に現れた魔獣を退けていた、その時だった。
頭の中で、何かがぷつんと音を立てて、弾けたようだった。わたしは倒れ、動けなくなってしまった。
「セレスティア様!?」
「……力を使い果たしてしまったようです。このままでは……」
「魔術師様、どうにかなんねぇべか!?」
何も見えない。身体が動かない。みんなの声だけが聞こえる。
「セレスティア様はこんなになるまで、おらたちのために戦ってくれただよ! なんとか、助けてやりてぇべ!」
「……ひとつだけ、手段があります。しかし、魔獣たちがそこまで迫ってきています。時間がありません」
「そんなの、おらたちが食い止めてみせる!」
「そうだ! セレスティア様を守るぞ!」
みんなの声が大きく、強くなっていく。
ダメ。行ってはダメ。みんな、逃げて。でも、声がでない。
「セレスティア様。元気になったら、またおらたちの野菜を食べてくんろ!」
「よし、いくぞ!」
「おう!」
声が遠ざかっていく。
魔獣の叫び声が聞こえる。
命の音が、ひとつ、またひとつと消えていく。
「セレスティア様。これを飲んでください」
わたしの口の中に、小さな何かが入ってきた。それは自然と、喉を通っていく。
「あなたが最初に私たちを守ってくれたあの日のことを覚えていますか。あなたは種を飛ばし、大きな樹を生やして蟲を退けてくれましたね。あの樹はすぐに枯れ、消滅してしまいましたが……種を残していったのです。たった一粒だけですが、保護することに成功し……私の魔力を注ぎ続けてきました。あの時の樹は……世界樹だったのでしょう?」
わたしの周りを暖かい空気が包み込む。
「私の全魔力を使い、強力な結界を張りました。これで魔獣に見つかることはないでしょう」
ああ。この人も、行ってしまう。みんなの命が、消えてしまう。
「さようなら、セレスティア様。いつか目覚めた時に、どうかまた……この土地にあなたのご加護を。あなたの笑みを。我らの魂を……お守りください」
そして何の声も聞こえなくなった。
何も、考えられない。ただ、闇に落ちていくような深い眠気が、わたしの全てを包み込んでいってしまった。
歌が
歌が聞こえる。
この歌は。
わたしはようやく、意識を取り戻した。
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