第8話 甦る四天皇

 魔獣ヒュドラを倒すことにより、毒の霧は消えた。ドリアードの浄化の力を借りることによって、川の水もある程度キレイにすることができた。自然の自浄作用が働き、元の状態に戻っていくことだろう。

 後は畑の土を少しずつ入れ替え、キレイになった水を与えていけばいい。汚染されていた地下水もやがて浄化されていくはずだ。

 すぐにでもここを発ちたかったが、あの魔獣化してしまった野菜を処理していかなければならない。

 

 ……あれからシエルとドリアードの様子が変わった。

 シエルはわからなくもないが、ドリアードまでどうしたことだろう。口数が明らかに減っていた。

「ダガーのダンナ! こっちはこれでいいですかい!?」

「ああ」

 対照的に、マンドラゴラは元気だった。それにしてもこいつは何ものなんだろう。

 それよりも気にかかるのは、あのヒュドラたちのことだ。世界中から瘴気が消えたというのに、まだ魔獣たちの姿が目立つのは何故だ。


「だ、ダンナ。なんだか、揺れやしませんかい?」

 マンドラゴラがそういう前に、おれは微かな揺れに気づいていた。

 地震だろうか。

 揺れは徐々に、激しく強くなる。

 畑の中央がぼこぼこと盛り上がっていく。

 割れた土の中から、ドス黒い瘴気が噴き出す。


 ――嫌な気配が近づいてくる。

 肌がちりつく。喉が焼けそうに痛い。そして、鋭い頭痛。

 空気がビリビリと震撼しているのがわかる。

 地面から次々と植物のツタや根のようなものが飛び出してくる。その後に現れたのは、青く、巨大な花のつぼみ。

 

 つぼみがゆっくりと開いていく。その中央……花冠の中から、裸の女の姿が現れる。濃い紫色をした長い髪。閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。

 女はゆっくりと、おれたちを見渡した。


「ふぅぅ。やっと復活できたわ。あらあら。知った顔がいるわね。勇者の仲間ダガーに……セレスティアお姉さま。300年ぶりくらいかしら?」

 女の薄い桃色の唇が三日月を形どる。

 

 馬鹿な。


 ありえない。なぜ、こいつが、この場所に。


 こいつは、この“アルラウネ”は……魔王の眷属。四天皇の……名前は何だったか。独特な名前だった気がする。

 こいつは、完全に消滅したはずだ。だが、この禍々しい気配は間違えようがない。


「あらあら。私が生きているのが不思議みたいね、ダガー。簡単なことよ。消滅する前に、私の“種”を飛ばしておいたのよ。復活できる可能性はかなり低かったけれど……この大陸にこられたのは運がよかったわ。他だったらうまく根付いたとしても、復活するまで何百年かかっていたことか」

「そうか……あのヒュドラたちはキサマが」

「あれはヒュドラじゃないわ。私の蜜で育ったただの蛇。あの子たちにこの大陸を少しずつ汚染してもらったおかげで、私は力を蓄えられたというわけね。貴方やってこなければ、この大陸をすべて汚染できたのに、残念だわ」


 その時、ぼんやりとしていたドリアードが、急にびくんと身体を震わせた。

「あれー!? もしかして、アルル? アルルなのー?」

「ええ、そう、アルルですわ。ようやく気付いてもらえたかしら、お姉さま。今は魔王様より授かりし、アルーフォグレグルトという名を名乗っていますけれど」

「……“死の森のおう”……?」

「あらあら。さすがはお姉さま。古の言葉がわかるのですね。さて、と」

 アルラウネの目が鋭くなる。


「ダガー。レオンとアイはどこにいるのかしら? あの2人、真っ先に殺してやらないと気が済まないわ」

 そうだ。こいつはレオンとアイの連携攻撃によって倒されたのだ。

「ふん。知っていて教えると思うか」

「あらあら。そうね、そうよね。だったら貴方の脳に直接聞くまでのこと……よっ!」

 ツタの鞭が飛んでくる。おれはクリムゾンでそれを斬る。そこでおれは違和感を覚えた。衝撃が背中に走る。クリムゾンでの防御が間に合わなければ、背中を抉られていたかもしれない。衝撃を殺しきれず、おれは地面に転がった。やはり目視できる攻撃はおとりだったか。話している間に、おれの背後にまで根を伸ばしていたわけか。


「あらあら。勘のいいこと。抵抗すればするほど苦しい想いをするわよ?」

「……苦しい想いをするのはキサマの方だ」

「強気ねぇ。勇者もレオンもいないのに、アタシに勝つつもりかしら?」

「ふん……小細工に頼るくらいだ。キサマはまだ、完全に力を取り戻したわけじゃないのだろう」

「あらあら。お見通しなのね。それでも貴方一人殺すのには十分なのよね」

 アルラウネの花の下から植物が伸びる。先端に花が咲き、そこから何かが発射される。おれはかろうじて、それを回避することができた。

 種か。種が凄まじい速度で発射され、次々とおれがいた地面を抉っていく。

 こいつは魔と化した植物を自在に操る。こいつが作り出した”魔の森”には、みんな苦戦したものだ。


「アルル、やめてー! どうしてこんなひどいことするのですかー?」

「あらあら。幸せなお姉さま。貴女は世界樹の森で、何にも考えずにぽんやりと生きていればよかったのですよ。うふ、うふふ。ああ、本当に幸せなお姉さまよね。この世界で何が起こっていたのかも知らないで生きてきたなんて」

「う、うう!?」

 急に、ドリアードが頭を抱えてうずくまった。このアルラウネが何かしたのだろうか。

「セレスティアちゃん! この、おばさん! セレスティアちゃんをいじめるな!」

 シエルが叫んだ。四天皇をおばさん呼ばわりとは、傑作だ。

 アルラウネの表情が怒りでひきつる。

「おっ、おばっ……!? こ、この鳥め、許さないぃぃ!」

「シエル、逃げろ!」

 駄目だ。距離が遠い。間に合わない。

 細い槍のような植物が、シエルに向かって伸びていく。


「おっと、そうはさせねぇぜ」

 マンドラゴラの頭の葉っぱが回転し、その植物を斬った。

「ドラゴちゃん、ありがとー!」

「へへっ! お役に立てて光栄ですぜ!」

 こいつ……なんでおれとやり合う時に今の技を使わなかったのだろうか。しかし、助かった。

「マンドラゴラ! シエルを連れて逃げろ!」

「へい! 合点!」

「やだ!」

「へい! 合点! ええっ!?」

「あたし、逃げないよ!」

「シエル! 言うことを聞いてくれ! こいつはただのモンスターじゃない! 危険なんだぞ!」

「あたし、逃げない! 足手まといになって、ダガーおにいさんに捨てられたくないもん!」

 震えながら、シエルは言った。


 足手まとい。

 おれは、シエルにそう感じさせてしまったのか。


 ずっとそばにいてやる。そう言ったおれが、シエルにそんな想いをさせてしまったのか。

 おれはやはり――馬鹿だ。


「捨てるわけがないだろう! おれは、ずっとそばにいてやると言ったはずだ! 何があっても、見捨てるものか!」

「ダガーおにいさん……!」

「こいつを倒したらすぐに迎えにいく! 約束しただろう……おれは、シエルをおいて、死んだりしないと!」

 おれは叫んだ。

「シエルおじょうちゃん、ここは逃げやしょうぜ。おいらがついてますぜ!」

「……うん!」

「あらあら。茶番はおしまいかしら? 残念、もう逃げられないのよね」


 ――っ!

 シエルたちを、二足歩行のように動く巨大な植物たちが囲んでいる。

 2片に分かれた葉身。葉のフチには歯や牙を連想させるような針状のトゲが並んでいる。その内側には突起がある。

 あれは、食虫植物のハエトリグサだ。いや、もはや食人植物といったところか。

 おれはシエルたちのところへ向かおうとした。だが、足が動かない。足に植物が絡まっている。クリムゾンで斬るも、次から次に生えては絡みついてくる。


「この場にいるみぃんな、殺してあげるわ。もちろん、お姉さま……貴女もよ。ああ、でも安心してね、お姉さま。貴女の力は、ちゃーんと私がもらってあげるから」

 植物がギリギリとおれの身体を締め上げる。

 食人植物たちが、徐々にシエルたちに迫るのが見えた。

 打つ手が、ない。だが、諦めない。最後の最後まで、諦めてなるものか。


 意識が薄れてゆく中、おれはクリムゾンを握る手に力を込めた。

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