記憶の断片(前編)
気がついたら、真っ暗な中にいた。
確か、他の精霊たちと話をしていた時だった。急に目の前が真っ暗になって……そこからは何も覚えていない。
暗くなる前、ドレイが何とかとか聞こえたような気がする。
ここはどこだろう。体が動かない。何かが巻き付いているようだった。
どうすればいいのだろう。考えていると、急に上の方が明るくなった。
「おい、こいつぁ……精霊様じゃないだべか?」
「……本当だ。一体どこから運ばれてきたんだろう」
「まずいべー。精霊様怒らせたら怖いべー」
ニンゲンたちがわたしを囲んでいる。そして困った顔をしている。ニンゲンを見るのは何十年ぶりだろうか。
ニンゲン。それはわたしたち精霊にとってよくない存在だった。自然を荒らし、精霊たちの住処を奪う悪しき存在とされていた。でも、わたしは全てのニンゲンが悪しき存在ではないと思っていた。だってニンゲンは、魔獣に襲われてたわたしを助けてくれた。そのニンゲンは世界樹の森に足を踏み入れた罰を受け、石にされてしまったけれど……。
「おい、あんた。どこに住んでいたか覚えてっか?」
わたしはニンゲンの言葉が少しわかるけれど、理解するのに時間がかかった。
「わかんねみてだな。うーん、どしたもんかなー。とりあえず連れて帰るべか」
「あとで遠くの町から、精霊に詳しい魔術師さん連れてくるべよ」
「そうしよう。このまま、箱ごと、慎重に運ぼう。くれぐれも失礼のないように」
「おうよ」
宙に浮く感覚。よくわからないまま、わたしはどこかへと運ばれていった。
「樹木の精霊ドリアードですね。その中でもかなり高位な存在かと思われます。恐らくは……世界樹の森に住んでいたのではないかと」
周りのニンゲンたちがどよめくのがわかった。
「そんな……世界樹の森だって? おとぎ話の世界じゃないか」
「んだ! ありえねぇっぺ!」
「どこをどう流れついたら、この大陸に……」
ニンゲンたちはがやがやと何かを言い合っている。わたしにはその内容がほとんど理解できなかった。
「大変だ! まぁた“蟲”どもがきただよ!」
新しく現れたニンゲンが大声で言うと、また慌ただしくなった。
そして、みんな、外に出て行ってしまった。取り残されたわたしは状況が整理できずに、ぼんやりとしていた。
ニンゲンたちが何かを叫んでいる。わたしは外に出てみた。
遠くの空の雲がとても黒い。
違う。あれは雲じゃない。悪意に満ちた虫たちだ。あんな多くの虫がどうして……?
「魔術師様! なんとかしてくんろ!」
「以前とは比べ物にならない数です。私の魔法では、とても対処できません」
「そ、そんな!」
ニンゲンたちがうろたえている。泣き叫んでいるニンゲンもいる。
あれはきっと、あらゆるものを喰らいつくすだろう。このニンゲンたちも、みんな。
わたしは口から“種”を飛ばした。種は地面に落ち、瞬く間に根付く。
それは、世界樹の種子。お父様から授かった、大切なもの。これを失えば、わたしはもうあの森へ帰れなくなってしまう。でも、わたしはこのニンゲンたちを守らなきゃと思った。
わたしは“力”を放った。種から芽が出て、それはぐんぐんと成長していく。
枝が伸び、青々とした緑が生える。 枝の一本一本、葉の一枚一枚に、魔を寄せ付けない強い力が宿っている。それは巨大な結界となって、大陸全体を包み込んでいく。
虫が結界にぶつかり、次々と消滅していく。虫たちは引き返すことなく、前進してくる。命が散っていく。
あの虫たちに宿っているのは、狂気。瘴気に毒されているのかもしれない。きっと、それで魔獣化してしまったのだろう。
「こ、これは……あんたが?」
わたしは頷いた。
「す、すげえべ! さすが精霊様だべ! ありがとう、ありがとうございます!」
ニンゲンたちがわたしに向かって、次々とありがとう、ありがとうと言っている。
ありがとう。それは感謝の言葉。
わたしの胸のあたりが、なんだかぽかぽかするのがわかった。とても不思議な気分だった。
守れてよかった。
泣きながら笑っているニンゲンたちを見て、わたしはそう感じるのだった。
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