風
「シエルちゃーーーん! ダガーオニイサーーン!」
「セレスティアおじょうちゃん、おとなしく畑で待っていた方がいいんじゃないのかい。危険なにおいがどんどん強くなっているぜ。こいつぁ、やばい」
「でもぉーーー、おふたりだけにお任せするわけにはぁーーー。あれ?」
セレスティアはその“風”に気付いた。その懐かしい気配に。現れた風もそれに気づき、足を止めた。
「……セレスティア姫。なんで、こんなところに」
「あーー! クイン様~~! おひさしぶりですーーーー!」
「わぷ」
セレスティアがクインを抱きしめる。クインの顔がセレスティアの胸に埋もれた。
「相変わらず大きい。うらやましい」
「あ、クイン様、おやめくださいーーー」
クインは無表情のまま、セレスティアの胸をもみもみもみもみと揉みしだいた。
「うらやましい! じゃなくて、セレスティアおじょうちゃん、お姫様だったんですかい!?」
マンドラゴラのドラゴが驚いた。
「ええとーー、そうみたいですーー。よくわからないんですけどー」
セレスティアはもともと、世界樹の森に住んでいた。世界樹の実(クインの父)の果汁(クインの父の涎的なもの)により育った、偉大なる樹木より生れ出た精霊である。クインの姉妹とも言える存在で、ドリアードたちの中で最も力のある存在がセレスティアだった。
「クイン様、元気にしていましたか~~? これからどこに行くんですか~~? お話ししましょ~~」
「ごめん。急いでいる。情報だけ”交感”」
クインがセレスティアの額に触れる。
「きゃあうっ!?」
近しい存在の2人は、触れ合うことで情報を交換することができた。
セレスティアの頭に、激しく鋭い痛みが走る。あらゆる情報の濁流。その中でもひと際大きいのが、ある人間に対する感情であった。それは彼女がかつて体験したことのない激しい感情である。
「姫さん、大丈夫ですかい!?」
「は……う」
セレスティアはその場にへたり込んでしまった。
「なんかもやもやしてる。ん。くだらない人間たちとの、くだらない約束……か。レオン様の情報はなし。それじゃ」
クインはセレスティアを見ることなく、走り去っていった。
「あ、あのお方は一体何者なんですかい……。とんでもなく“でかい”存在ってことしか、おいらにはわかりやせんが……姫さん? 姫さーん!」
セレスティアはその場から動けずにいた。目がぐるぐると回っている。
セレスティアはこれまで深く思考したことがない。感じるまま、赴くままに生きていた。処理しきれない情報とその感情を受け流すこともできずに、呆然と天を仰ぎ見るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この足跡、間違いない。ダガーのものだな。くけけけ、ボスに報告だ」
左足のない男が、地面にうっすらとついている足跡を見下ろしてにやりと笑う。
ついに見つけた。復讐が成就する時が、ようやく来るのだ。
ボタリ、ボタリと、大きな雫が足跡に落ちた。
雨?
こんなに晴れているのに?
違う。赤い。血だ。
「邪魔」
声が聞こえた。
振り向こうとしても身体が動かない。
脳天を矢に貫かれ、男は絶命した。
クインはやはり振り返ることなく、駆けていくのであった。愛しき人を捜し求め、彼女は再び、風となる。
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