第7話 血塗られし短剣
その牙がシエルに届くことはなかった。
ヒュドラの眉間のあたりに、美しい白銀の矢が刺さっている。ヒュドラは絶命し、地面に落ちた。
これは精霊銀の矢だ。それが意味することは一つ。あいつが来たのだ。
「レオン様の微かな香ばしいにおいを辿ってきたのに、いたのはダガー。なんで?」
「やはり……クインか」
ついに我慢できずに、レオンを探し始めたのか。
あての外れたクインはむすっとしている。機嫌の悪いこいつはかなり厄介だ。
そもそもこいつは人間を嫌っている。いや、レオン以外の存在はどうでもいいと思っているやつだ。レオンがいなければ、かつての仲間のおれであっても、機嫌を損ねれば躊躇なく殺しにくる……そんな危険なやつだ。
「レオンは少し前に、ユード諸島でおれと会ったんだ。まだその近辺にいるんじゃないか」
途端に、クインの顔が明るくなる。
レオンの話しをしてやれば、こいつの機嫌はよくなる。危険だが、おれたちにとっては扱いやすい。レオンには悪いが、な。
もちろん、レオンは今はユード諸島にはいない。連絡手段はあるが、それをおれは教えない。
「それじゃ、ユード諸島に行く。それとダガー、何か隠してない?」
「何も」
「そう」
相変わらず勘が鋭い。だが、おれならそれを隠し通すことができる。他のやつであれば、ちょっとした表情や目の動き、脈拍の変化などで見破られてしまうことだろう。
「それとヘビに囲まれているけど、こいつらみんな殺していいの? 急いでいるからうざいんだけど」
「いや、行ってくれ。だが、1つだけお願いがある。おれの武器の封印を解いてくれ」
おれはその“封印”されたその武器をクインに渡した。
「ふぅん。また使うの、これ」
クインは武器に手をかざし、何かを唱えた。淡い光が武器から発せられる。
「それじゃ、ボクはこれで。情報ありがと」
久しぶりの一言もなく、クインは風のように去っていった。どっと汗が噴き出した。常に背中を突き刺されているような感覚が消えない。本当に恐ろしいやつだ。
「ダガーおにいさん……ごめんなさい。あたし、あたし……」
「……気にするな。あんな怪物を前にすれば怖くなるのは当たり前だ」
おれはシエルの頭をなでた。
「シエル。おれがいいと言うまで、目を閉じていてくれるか」
「う、うん」
シエルがぎゅっと目を閉じた。
しゅらしゅらと、霧の中から数匹のヒュドラが姿を現した。
おれは鞘からその武器を抜いた。
それは血のような色をしたダガー。
その名は――クリムゾン。
おれは暗殺の技術を持ち合わせている以外は、普通の人間と変わらない。
レオンみたいな馬鹿力と頑丈さもなければ、魔法も使えない。
厳しい戦いを切り抜けるための力が必要だった。
そこで土妖精のガンテツより譲り受けたのが、このクリムゾンだ。
こいつは元は東国ジパングに封印されていた妖刀の一種だったらしい。その妖刀は、血を求める。持つものを呪い、気を狂わせ、刀を振るわせることで、斬り刻んだ獲物から血を吸っていたという。
どういう経緯かはわからないが、折られたその妖刀を加工して作られたのが、このダガーなのだという。
これは俺の武器であり、防具でもある。
クリムゾンは相手、または持ち手の血を吸うことで、それを魔力に変換することで防御魔法と攻撃魔法を使用することが可能となるのだ。レオンの魔剣と似たようなものだが、こいつは危険度が少ない。ガンテツが精霊銀を使用し鍛え上げたことにより、呪いは消えているからな。なんといっても、こいつはうるさく喋ることもない。
しかし危険な代物には違いない。かつての旅が終わった後、おれはこのクリムゾンを神官に封印してもらい、誰にも見つからないような場所に捨てるために持ち歩いていたのだった。
捨て場が見つからず、常に持ち歩いていたことが幸いだった。まさかまた、役に立つ時がくるとは。
「喉がカラカラだろう。毒の血は不味いかもしれないが、たらふく喰らうがいい」
クリムゾンの剣身が甲高く鳴る。
そしてクリムゾンは久々の得物を求め、飛び出していった。
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