第3話 弾むメロン
トマトが地面に落ちる。落ちたトマトはすっぱりとうまい具合に切れていた。トマトの輪切りである。おれは次々とトマトを切り刻んでいく。トマトを切るのはお手の物だ。しかし、このトマトは美味しそうじゃない。実が固く、しょっぱいようなニオイが漂ってくる。
それにしても何故、トマトがおれたちを襲ってくるのか。理解できない現象だ。
あの農家は畑でモンスター、あるいは魔獣を栽培しているとでもいうのか。だとしたら、そんな馬鹿な真似を許すわけにはいかない。
「シエル、大丈夫か」
「う、うん、ありがとう。ダガーおにいさん」
「相手から目を逸らすな。たとえ嫌いな野菜だとしてもだ」
「……うん」
シエルの野菜嫌いには困ったものだ。基本、肉しか食べない。あらゆる肉を生食したり、焼いたりして食べている。肉を生で食すと寄生虫にやられたりで大変なことになるのだが、シエルは平気らしい。寄生虫含め、ハーピーの食事といったところなのだろう。
ぼよん、ぼよん、ぼよんという音が聞こえてきた。また、野菜が跳ねてきたか。
――いや、違う。
あれは……スイカかメロンか。
「あうー。まってーまってくださーい、トーマートーさーん」
緑色の髪、木の枝を編み込んだような服を纏った裸足の女性がのろのろと走ってくる。
跳ねていたのは、スイカでもメロンでもなく、彼女の胸だった。おれはちょっとした衝撃に固まった。
「あれー? トマトさんがーキレイにきれちゃってますー」
女性は不思議そうに首を傾げている。
……樹木の精霊ドリアード、か。本来はもっと自然豊かな土地……そう、世界樹の森などに多くその姿が見られるものなのだが。
「あーーー、あなたたちはーどちらさまですかー? わたしはーセレスティアですぅー」
セレスティア? どこかで耳にしたことがあったような気がする。
「あたし、シエル! で、このかっこいい人がダガーおにいさんだよっ!」
「シエルさんにーー、ダガーオニイサンですねーー。よろしくおねがいいたしますぅーー」
かなり間延びしてゆったりとした話し方に、おれは少しいらっとする。しかし、精霊は人と関わることはほとんどないから、人間の言葉を理解できず、会話も成り立たないのが普通である。こうしてまともに喋れる精霊は稀ではある。
「このトマトは魔獣化しているのか?」
おれは輪切りになったトマトを見下ろした。
「ええとーー。どういうわけかー、わたしが育てるとぉー、こんな風にお野菜さんがー、狂暴化してしまうのでーす」
そんなことがありえるのか。
しかし、このドリアードからは悪意というものが全く感じられない。害を及ぼすためにアレをつくっているわけではないようだ。
「わたしはー、おいしいおいしいお野菜さんをつくってー、みなさんに喜んでもらってー、元気になってもらいたいんですーー。それで、またみんなにここにもどってきてもらってーー、ここを豊かな土地にするのがーー、わたしの夢なんですぅー。でも、でもー、うまくいかなくてーーー。ぐすっ」
ドリアードはうつむき、涙をこぼした。
「ダガーおにいさん、なんとかならないの?」
シエルが上目遣いにおれを見る。
畑仕事なら、力になれることは多いだろう。だが、おれは珍しい、レオンの“お願い”に応えてやらなくてはならない。状況はよくわからないが、さらわれたレムを探しているらしい。あんなでかいゴーレムをさらうやつがいるとは驚きだが。とにかく、情報を集めるためにも、次の町へと向かわなくてはならなかった。
「ダガーおにいさん、おねがい! セレスティアさんを助けてあげて!」
「……少しだけ、畑を見てみるとしよう」
「……ダガーおにいさん、ありがとー! 好きっ!」
シエルが抱きついてきた。
おれはシエルの”お願い”に弱いのだ。
「ちからをーかしてくれるのですかーー!? ありがとうございますぅー!」
ドリアードが何度も何度も、ゆっくりとお辞儀をした。
俺たちはドリアードに案内され、その畑へと向かうのだった。
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