第4話 野菜魔界
そこには恐るべき光景が広がっていた。生い茂った作物は全て異形。先ほどの、牙の生えたトマト。一つ目のピーマン、刃のようにとがったナスにロングソードのようなきゅうり、岩のようなジャガイモなどなど。
まるで魔王のいた大陸、通称――魔界――を見ているかのような気分になった。
「何をどうしたらこんな風になるんだ」
「わからなですーー。ふつうのお野菜さんの種をー、ふつうにまいて育てただけなんですけどー。ふえぇぇーん」
種は普通。となれば、異常があるのは土と水か。おれは地面の土を手に取ってみた。黒ずんだ土からは嫌な臭気とわずかな瘴気が感じられた。
次に水。桶に入っている、近くの川から汲んできたという水と、井戸の中の水を確認する。これはもはや毒液だ。飲めば死ぬ。
「土と水が汚染されている。恐らく魔王の瘴気にやられた時のままだ。キサマ、樹木の精霊なのに何もわからなかったのか。というか、真っ先に自分に影響がでそうなものなのに、よく平気だったな」
「ふええぇぇーー! わたしのー、身体の中に入った不浄なる気はー、勝手に浄化してしまうので、気づきませんでしたー」
どうにも調子が狂うな。精霊といっても、人それぞれのように、種族が異なればわからないものか。土に根を張る樹木が土の声を聴けないとはな……。
「この土の瘴気を取り除くことはできないのか?」
「できるとおもいますー! つかれてしまうのでー、1日に浄化できるのはー、ほんの少しだけになってしまうかと思いますー」
「少しずつでもいい。浄化した土に養分を与えてやらなければならない」
「ようぶん?」
ドリアードとシエルは同じように首を傾げた。
「とりあえず養分の調達は後にして、水を見に行くとしよう。川はどこだ」
「はいーー。案内しますーー。ちょっと遠いのですよーー」
方角だけ教えてくれれば、おれとシエルでささっと行ったのだが、ご丁寧に案内してくれるようだ。ドリアードはのろのろと歩き始めた。
「……」
「ダガーおにいさん、どうかしたの?」
「いや、なんでもない。行こう」
「?」
さすがにあれを背負ってはいけないな。
日がくれなければいいが。おれたちはドリアードの後について歩いた。
どれだけ時間がかかるのかと思えば、川は思いのほか近くにあった。
見た目は透き通った綺麗な水だが、ここには魚一匹いない。汚染の原因はなんだろうか。上流……水源を調べてみないとわからないか。
「水源を調べるのは明日だな。これから町に買い出しに行く。ここから一番近い道はどこだ?」
「はいーー。案内いたしますーー。けっこう近くにあるのですよーー」
また案内されることになってしまった。
こんな時レオンがいれば、まどろっこしいからと担いで行ってくれることだろうに。いると、なんだかんだで便利なやつだからな。
近いと言うのですぐに到着するかと思えば、今度は思いのほか遠くに、その町はあった。
幸運なことにこの町にはいくつか畑があった。ここは瘴気の影響が比較的少なかった土地で、復興はかなり進んでいるようだった。
おれは野菜を栽培している農家に、土とたい肥を分けてもらうことにした。たい肥作りはかなりの時間を要するから、ここで入手できたことは大きな収穫だ。
「ねーねー、ダガーおにいさん! おにく、おにく買って行こうよおにく!」
「駄目だ。今日は野菜中心にすると決めてある」
「えー!!! やーだー!! おにくがいいよー! おにくー!」
「太るぞ」
「ぶー」
たまにはシエルに野菜を食べさせないとならないからな。泣きつかれても今日は心を鬼にする。
「お野菜さん、おいしいですよー?」
ドリアードはにこやかに、新鮮なトマトをシエルに差し出した。
「うぅぅー」
シエルはがっくりとうなだれた。
もたもたしていたら日が暮れ始めてしまった。今日はここまでか。
「泊まるところを探さなければな」
「あ。わたしのお家にー、泊っていってくださいー」
あの魔物のような野菜が巣くう場所に泊るというのは身の危険を感じるが……宿代の節約にはなるか。
「わぁい! セレスティアちゃんのおうちにおっとまりー!」
シエルはセレスティアの胸に飛び込み、埋もれた。ふたりはきゃっきゃしている。
シエルが喜ぶなら、決まりだな。
「世話になる」
「いいえー、わたしこそー、色々とお世話になりますー」
ドリアードは深々とお辞儀をした。
こうしておれたちは再び、あの魔の畑へと戻るのであった。
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