第2話 迫りくる深紅の球体

 あたし、シエル!

 ダガーおにいさんの、こ、恋人なんだよ! きゃーっ!

 今、あたしとダガーおにいさんは、ふたりきりで旅をしているんだ!

 いろーんな町に立ち寄って、ダガーおにいさんの楽器にあわせて歌をうたったりして、みんなを笑顔にしているんだ! 毎日、とっても楽しい!

 でも、ダガーおにいさんはあんまり笑ってくれない。うまく笑えないんだって。でも、また笑ってほしいなぁ。あの時みたいに。

 そのダガーおにいさんは、耳に貝みたいのを当てて、ひとりごとをしゃべっている。誰かとお話ししているみたいに。何かの遊びなのかな。

 あたしにはわからないことだらけだ。ダガーおにいさんの迷惑にならないように、ちゃんと勉強しなくっちゃ!


 と、その時、ダガーおにいさんがあたしの耳に貝を当てた。

「レオンだ」

「えっ?」

 耳を澄ますと、ホントにレオンおじさんの声が聞こえてきた。

『よう、シエル。元気にしてるか?』

「レオンおじさん! うん、あたし元気だよ!」

『ははっ、心配いらなかったな。シエルの元気な声が聞けて、俺も元気になったよ。ありがとな』

「えへへ」

 レオンおじさん、元気じゃなかったのかな。何かあったのかな。

『それじゃ、ダガーと仲良くな!』

「うん!」

 そしてレオンおじさんの声は聞こえなくなった。あたしはダガーおにいさんに貝を返した。

「すごいね! レオンおじさん、ここにいないのにお話しできたよ!」

「……ああ。そうだな」

 ダガーおにいさんはどこかうわのそらだった。何かを考えているみたい。なんだか話しかけづらくて、あたしは無言になってしまった。


 見渡す限り、何もないところだった。

 ところどころぽつん、ぽつんと建物があって、手入れされていない荒れた畑があるくらいだった。ここらへんは昔、農家が栄えていて、色々な食物が収穫できた豊かな土地だったって、ダガーおにいさんが教えてくれていた。

 魔王の瘴気の影響で作物がみんな枯れちゃって、農家さんがみんな逃げちゃって、ずっとそのままになっているんだって。

 風が吹くと、かわいた音だけがかなしく鳴った。それでなんだか、泣きそうになってしまう。


「あれ? ダガーおにいさん、あそこ」

 あたしは翼でそれを教える。遠くの畑に、緑があった。あそこだけ、農家さんおしごとしているのかな?

「……気になるな。行ってみるか」

「うん!」

 あたしたちはその緑のある畑へと歩いていった。


 びよん、びよん、びよん。


 びよん、びよん、びよん。


 なんか、変な音が聞こえてきた。

 畑の方から、なんか、赤くて丸いものが飛び跳ねながら近づいてくるのが見えた。それも、ひとつじゃない。

 魔物かな? でも、おにくのにおいしない。なんだろう、あれ。

 

 近づいてきたそれを見て、あたしの肌があわだった。

 ダガーおにいさんが懐に手を入れて、身構える。


『ギ……ギギギギギ!』

「きゃーっ!?」

 あたしは叫んでしまった。


 それは、あたしの大嫌いな大嫌いな――野菜だった。しかも大きな大きなトマトだ。

 そのトマトには大きな口があって、たくさんの牙が生えていた。


『ギーーーーーッ!』

「いやー! トマトいやーっ!!!」

 トマトがあたしに向かって跳んでくる。

 あたしは怖くて怖くて、目を閉じてしまうのだった。

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