第八章 黒の農夫奮闘す!
第1話 黒の十字架
誰もいない廃屋。包帯を顔面中に巻いた男が足を踏み入れる。床がぎしりぎしりと軋み、今にも抜けそうだった。
「貴様が依頼者か」
闇の中から、声だけが聞こえる。
「ひ、ひひ。そうだ」
彼はダガーに殴られ、そしてレオンにより心を砕かれた、あの狩人である。
彼は恐怖心から、もはや獲物を狩る武器や道具を握ることさえできないでいた。やり場のない怒りだけが募る日々。彼はダガーとレオンに復讐を決意した。それを実行するのは彼自身ではない。彼は暗殺者ギルドへと“依頼”を出したのであった。
「これが……似顔絵だ」
狩人は紙を闇に向かってぺらりと投げた。闇が紙を吸い込んでいく。
「金はいくらでも出す。引き受けてくれるな……ひひっ」
暗殺者ギルドに狙われれば、いくらあの2人でもひとたまりもないだろう。
そして再び、闇の中から声が聞こえてきた。
「これ――無理っ!」
「ほえぇっ!?」
狩人の目が飛び出しそうになった。
「貴っ様ぁぁぁぁっ! この2人が誰だか知らないわけじゃあるまい! 勇者の仲間2人を相手にしたら、命がいくつあっても足りんわ!! 馬鹿か貴様! ばーか、ばーか!」
狩人は唖然とした。呆然として、また唖然とした。
狩人は知らないのだ。勇者とその仲間がいかに恐るべき力を持っているのかを。それも当然である。間近でその戦いを目にしたことがないのだから。
身をもって体感した痛みと恐怖など、彼らの実力を測るには全然足りない、ほんの些細なものであったということを、狩人は知らないのだ。
狩人はとぼとぼと建物から出た。
「そこのアンタ。その依頼、引き受けてやろうか」
「ほ、本当か!? ひ……?」
声はするが、姿はない。声はすぐ後ろから聞こえてきたような気がしたのに。
狩人はそこで異変に気付いた。地面が上にある。空が下にある。
「ぐ……え?」
呼吸ができない。苦しい。
狩人は気が付いていなかった。自分の首が砕かれ、後ろに折り曲げられていることに。
彼はそのまま前に、地面へと倒れた。
「おいおい、兄者。いきなり殺すなよ」
「くぇっけけけ。わりいわりぃ、気が昂っちまってよ。あのダガーを殺せると思うと、いてもたってもいられねぇよ」
「こいつがダガーを目撃したのは、ユード諸島だってな。ヤツの手掛かりを探して数年。ようやく得た手掛かりだ。我が組織を壊滅させてくれた恨みを晴らすときがきた。いくぞ」
「おうよ」
狩人は視界いっぱいに、大きな足の裏が迫るのをみた。
ぐしゃり。
彼は自分の頭がつぶされる音を聞き、絶命した。
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