第8話 別れ、そして交差する道

「あのー、そろそろ降ろしてもらえないっスかね。痛いっス」

 縄で縛られ、樹の枝からブラブラ垂れ下がっているリゼが涙目で言う。

「本当に……何も覚えていないんだな」

「何度も何度も言ったじゃないっスか! 気がついたらこのありさまっスよ! 何がなんだかわかんねーっス!」

 リゼが本当に何も覚えていないのは、マカロンとアイが証明してくれていた。催眠術で記憶をたどったのだが、操られていた時のものだけがすっぽりと抜け落ちていた。

 こうして吊るしているのはまぁ、気分的な問題だ。リゼを責めても仕方のないことはわかっているのだが、こうでもしないと気が晴れない。

 とは言っても、いつまでもこうしていてもどうにもならないので、俺はリゼを降ろしてやった。

「ふー、いててて。で、結局何がどうなっているっスか?」

「今度話してやる。急いで神殿に帰ってやれ。レオナとロゼが心配している」

「そうしたいんスけど、なぜか魔力がすっからかんで」

「わたしが送っていきます」

「悪いな、アイ。ついでにガンテツじいさんに酒を持って行ってくれないか」

「はい、わかりました!」

 アイは空間転移でリゼを、セフィルの大神殿まで送りに行ってくれた。


 俺は息をつく。そこに死んだような顔色をしたユーリが現れる。

「もう、行くのか」

「とりあえず、知り合いの錬金術師から探りをいれてみるヨ」

「そうか……。俺たちも準備ができ次第、出発する。あんまり気のりはしないが、世界樹のトコにいけば、情報が掴めるだろう」

 クインに会わなきゃならねぇとは気が重い。だが、今はそんなことよりも、ユーリの力になってやることの方が大事だ。

 世界樹の森の島には空間転移では行けない。ならば……俺は次の行先を決めた。


「……すまないネ」

「困ったときはお互い様だろ。頼れよ、仲間を」

「……ありがとう」

「そうだ。連絡手段はどうする」

「それなら、いいモノがあるヨ」

 ユーリは大きなリュックの中から、巻貝のようなものを取り出した。

「これは……あの時の」

 確か同じ種類の巻貝と“繋がって”いて、遠く離れた場所からも会話ができるというアイテムだ。どういう仕組みなのかは不明だ。なんかマカロンがごちゃごちゃ教えてくれたような気もするが、完全に聞き流してたわ。

 これは魔法で作られた双子の塔を攻略する時に使用したんだっけな。塔を支配するそれぞれの敵を“同時に”倒さなきゃならないという……あれは大変だった。


「あ、そうそう。同じ種類のものをダガーサンも持っているヨ」

「あいつが? そうか……なら、あいつにも協力を頼めるな。何かわかり次第、連絡をする」

「……ありがとう、レオンサン。それじゃ……」

「ああ。気を付けてな」

 ふらふらと、ユーリは歩いていく。


「ユーリちゃん、大丈夫です?」

 ふよふよと、ルナが俺の肩に座る。

「大丈夫……じゃないだろうな。早くレムを見つけてやらなくちゃな」

「はいです!」


 レムをさらったやつは一体誰なのか。わからないが、俺たちを敵に回したことをたっぷりと後悔してもらわないとな。

 魔石の件といい、今回の件といい……不穏な芽は全て潰してやる。

 この平和になった世界を守るんだ。俺はそう決意した。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ヴォルグ様! 王国で事件が起きました!」

 黒騎士ヴォルグの前で、白銀の鎧を身に着けた騎士が敬礼も忘れ、慌てた様子で言う。その様子を見て、彼にしては珍しく気が乱れているなとヴォルグは思った。

『何事か』

 ヴォルグは重々しい声を若い騎士に向かって放つ。

「はっ。王国の地下に保管してあったゴーレム数体が盗まれました」

『……ゴーレムが?』

 あれは今の世には無用の長物。さっさと廃棄すればよかったものを。ヴォルグは苦々しく思った。

「そしてミルド侯爵と王国錬金術師の長フュルス様が行方不明となりました。只今、両者の捜索を始めております」

 貴族のミルドには最近、不穏な動きありとの報告を受けていて、ヴォルグは監視を命じていた。にも関わらず、その網をかいくぐり姿を消したというのか。ミルドとその周辺のものに魔法を使えるものはいなかった。他の第三者の介入が考えられる。

 錬金術師フュルスとの繋がりは考えられる。確か彼はミルドより工房への資金提供を受けていたはずだ。ゴーレムの研究も行っており、扱うこともできたはず。もともと魔術師であるフュルスであれば、空間転移でゴーレムを持ち出すことも可能だ。

 王国の地下にゴーレム、その他の“秘密”が存在していることを知る者は限られている。フュルスは”知る者”に該当する。盗んだ可能性は高いと考えられる。ヴォルグは瞬時に推測した。しかし、王国で錬金術の研究に取り組み、若手の教育にも熱心で信頼の厚いフュルスが、何故。

 とにかく、2人を捕えない限り、真相はわからない。

『わかった。そちらは任せた。私は別方面から調査する。何かあれば連絡せよ』

「はっ!」

 若い騎士は、今度は敬礼を忘れずに行い、走って王国へと戻っていった。

 

 “事件”が多すぎる。世界で今、何が起きてるのかを正しくその全貌を把握しなければならない。やはり、協力者が必要か。ヴォルグは軽く息をついた。


『止むを得ない……か。彼に会いに行くとしよう』

 約束も交わしたことだし、な。

 ヴォルグは鎧の音を立てながら、歩き始めた。

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