第6話 氷の微笑

「レオンさん、あの人を追いましょう」

 アイが言う。

「迂闊に追うと危険かもしれない。多分、これは罠だ」

 やつが現れたその瞬間まで、気配を感じることができなかった。つまり、空間転移の魔法を使ってここまで来たということだ。空間転移を使えるやつが、それを使わずにそのまま走って逃げていった。俺たちをある場所に誘い込んでいるに違いない。

「レオンちゃんレオンちゃん。レムちゃん、行っちゃったですよ」

「なにぃっ!?」

 土煙をあげながらものすごい勢いで遠ざかっていくレムの姿が見えた。


 そうだ。そうだったな。これが罠であれなんであれ、ぶち破り、仲間を救い出すだけだ。俺たちは仲間のためなら自己犠牲も厭わない。俺たちはそうやって戦ってきたはずだ。それをレムの方がよくわかっているとはな。

「よし、行こう。ユーリを助けに」

「はい!」

 考えるのは後だ。あいつをとっ捕まえればすべてわかることだしな。

 俺たちはレムの後を追い、走り出した。


 そして俺たちは大きな遺跡にたどり着いた。崩れかけた宮殿みたいに見える。

 レムの姿はない。すでに中に入ってしまっているらしい。

『なんかいや~な感じがするな。肌がビリビリするぜ』

 お前に肌はねぇだろう、マカロン。

 俺には何も感じられなかったが、アイもルナも何か嫌なものを感じ取っているようだった。魔法の類か。

「俺が先行する。アイとルナは後から来てくれ」

「わかりました。気をつけてください」

 俺は頷くと、遺跡の中へと足を踏み入れた。

 途端に、身体が重くなる。重力操作系の魔法だろうか。

 しかしこの程度なら、俺はものともしない。そんなことくらい、あいつは知っているはずだろうに。

 周囲を警戒しながら、先へと進む。

 大きな音が聞こえてくる。そして、振動。このすぐ先からだ。

 長い通路が終わり、広間へと出る。そこには息を切らせて床に膝をついているレムと、壁に張りつけにされているユーリの姿があった。意識を失っているようだ。


「こんにちは、レオンさん。また会えて嬉しいっスよ」

 やはり、お前だったのか。


「リゼ。無事だったんだな。よかった」

 レムの前に立っているリゼは、にやにやしている。

「いやあー。あのスライムの瘴気に飲み込まれそうになって、慌てて空間転移の魔法で逃げたんスよ。瘴気をすこ~し浴びちゃって、回復までに時間かかっちゃったっスけどね」

「そうか。それで……これは一体なんの真似だ、リゼ。ロゼが心配してたぜ。こんなところで遊んでないで、はやく帰ったらどうだ」

「そう怖い顔しないでくださいよ。ちゃちゃっとお仕事済ませたら帰るっスから」

 リゼはにやっと笑う。リゼはこんな笑い方をするようなやつじゃない。瞳孔が開きっぱなしになっている。これは……。

「大人しくユーリを返せ。そうしたらおしり叩き10回で許してやる」

「うへえ! レオンさんにおしり叩かれたら、おしり壊れちゃうじゃないっスか! でもぉ……ユーリさんはまだ返してあげないっスよ!」

 広間の四方に氷の柱が現れる。温度が急激に下がっていく。だが、今、熱気に包まれている俺に冷気は届かない。

「この凍てつく冷気にも耐えられることはもちろん知っているっス。ところで足元見てください」

 俺は床を見る。白い線が走っている。何か……絵のようなものが描かれているようだった。

『魔法陣だな』

「魔剣さん、正解っス。今はマカロンさんっスか? かわいい名前つけてもらってよかったっスねー!」

『よくねー! レオン、あいつああやって喋っている間に、いくつかの魔法を発動させたぜ。さっさとぶちのめしちまえ。やばい雰囲気だ』

「わかった」

 俺はマカロンを握りしめた。

「問答無用っスか。もう少しお話ししましょーよー。ふ、ふくく」

 俺は跳んだ。剣でリゼを薙ぎ払う。しかし、俺は元の位置に戻ってしまっていた。

「やっぱりレオンさん、優しいっスね! 今の剣には殺気がなかったっス。でも、今のワタシを止めたいなら、殺す気でこなきゃだめだめっスよー。そりゃ」

 氷の槍が飛んでくる。俺はそれを素手で砕く。

『詠唱なし、魔力消費なし。どんどんくるぜ』

「ちっ」

 無数の氷のつぶてが飛んでくる。さすがに砕ききれず、俺はそれを受けてしまった。大した痛みじゃない。レムのパンチの方が何倍も効くくらいだ。

 と、そこでレムが立ち上がり、そのパンチをリゼに向かって放った。

「かわいいお嬢ちゃんは、もう少し大人しくしているっスよ」

 拳が失速し、リゼには届かなかった。レムはぐったりと、その場に崩れ落ちた。

『この魔法陣……魔力を吸いとるみてぇだな』

「なんとかできねぇのか、これ」

『オレ様の知らない式だ。近代魔術とか錬金術はオレ様わからん。解析するのにちょいと時間がかかるぜ』

「なら、ぶっ壊した方がはやいな」

「そうくると思ったっスよ」

 俺の両腕、両脚が凍りつく。動きが取れなくなる。

「ま、レオンさんなら簡単に砕けるでしょうけど、時間稼ぎにはなるっスね」

 リゼはこんなに頭が回るようなやつじゃない。誰かに操られているのは間違いないようだ。


「レオンさん!」

「助けにきたですよ!」

 アイの魔法が瞬く間に氷を消していく。

「アイ! この広間に入ってきちゃ駄目だ!」

「え? あ……」

 アイの足元がすでに凍りついている。ついでにルナも地面に張りついて凍ってしまっている。

「役者は揃ったっスね」

 リゼはにやっと笑った。床の魔法陣が淡い光を放ち、そして――。

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