第4話 ユーリとレム(後編)

 僕はレムがいたあたりに、あるものを見た。

 そこには金色の膜に包まれた、何かがあった。僕はそれに近づいてみた。


 膜の中に何かがいるのが見えた。僕は恐る恐る、その膜に触ってみる。ゼリー状の物質だった。それは手で簡単に崩すことができた。手についたゼリーを少し舐めてみたら、とても甘かった。まるでハチミツのようだった。

 ゼリーをかき分けると、その何かが姿を現した。

 それの正体は――裸の幼児だった。ほんの2、3歳の……女の子だった。女の子は眠っているようだった。

 この子は一体どこから現れたのだろう。まさかレムの中にいたのだろうか?

 レムを失ったばかりの僕は、何も考えることができず、ただただ混乱していた。

 とにかく、この女の子を保護しなければ。僕はゼリーの中から女の子を取り出し、抱きかかえると、近くの町に向かってふらふらと歩き始めた。



「特に身体に異常はありませんね。眠っているだけのようです」

 医者が言う。

 町の医院。ベッドの上で、女の子は静かな寝息を立てている。

「それでは私は診察があるので、戻ります」

「ありがとうございました」

 僕は部屋にあった椅子に座り、これからのことを考えた。考えたけれど、何も思いつかなかった。また考古学者を続ける気は湧き起らなかった。何もする気も起らない。

 それにしても……この子をどうしようか。孤児院にはいい思い出がないから、あまり連れていく気にはならない。じゃあ、育てるか? バカな。僕に育てられるとでもいうのか。子供を。


「あ……」

 女の子の目がいつの間にか開かれていた。僕の方をじっと見ている。

 女の子はよろよろと身体を起こした。

「大丈夫かイ?」

 僕が訊ねると、女の子はこくりと頷いた。

「……は、い。ますたー」

「……え!?」

「わ、た、し……れむ、でしゅ、です」

「……え!?」

 この女の子が、レムだって!?

 僕の頭はますます混乱した。

 この子がレムの中、もしくは遺跡のどこかに存在していたということは、あの状況から推測することはできる。しかし、まさかレムそのものだとは思いもしなかった。だって、ありえないだろう、そんなことは。


「……僕の名前がわかるかイ?」

「はい。ますたー、の、なまえは、ゆーり」

「魔王の名前、そして魔王を倒した勇者の名前は?」

「まおう、の、なまえは、りゅな……るなるぅぼるくるーず。ゆうしゃ、の、なまえは、かいりゅ……る」

 レムと名乗る女の子は、僕の右手を取る。すると腕輪が金色に光り輝き出した。女の子の瞳も同じように金色に輝く。

 この光を、僕は知っていた。間違いない。レムの光だ。


「キミは……レム、レムなんだネ」

「は、い。ますたー」

「レム……生きていてくれて、よかった……!」

 僕はレムを抱きしめた。抱きしめて、僕は泣いた。


 こうして僕と小さな女の子になったレムは、一緒に暮らすことになった。

 なぜ、レムが女の子の姿になったのか、それは本人にもわからないと言う。レム本人ですら理解できていないという謎の心臓部――“核”が何らかの作用を引き起こしたのではないかという推測しかできなかった。あるいはこの少女そのものがレムの“核”であったか。いずれにしても、それを確かめる術は、僕にもレムにもなかった。

 ただ、どんな姿になっても、こうしてレムが生きてくれているだけで、僕は十分だった。

 2、3歳の幼児になったレムは、人間と同じように成長していった。

 脳の発育と共に、レムには以前と変わらない膨大な知識を引き出せることがわかった。そして恐ろしいことに、その力の一部も発揮できるようだった。

 レオンさんには全然及ばないけれど、とても力持ちで、怪我ひとつしない頑丈さを持っていた。いくつかの魔法も身につけている。成長と共に、その力はどんどん増していった。

 ただ、字や絵を書いたりすることは苦手で、僕が教える必要があった。まぁ、すごい知識と力を持っている以外は、普通の人間の子と変わらないみたいだ。


 僕たちは町から離れたところに住んでいるけれど、レムは今、町の学校に通っている。知識を持っていても、人間としてそれをどう使えばいいのかを学ばなくてはいけないからね。それと、人の文化や営みも知らなければいけない。日に日に、人間らしい感情も出てきて、表情が豊かになっていった。ちなみに学校では友達もできて、楽しく遊んでいるらしい。

 ああ、そうだね。嫁、じゃなくて娘といったところだよね。それに関しては、こんなことがあってね。


「いやぁ、絵が上手になったネ! うーん、レムは僕の自慢の娘だネ!」

「……」

「レム?」

 レムが不機嫌になって、頬を膨らませた。

「お嫁さんです」

「え?」

「お嫁さんがいいです。私、ご主人様のお嫁さんがいいです。色んなことを勉強して、ご主人様にふさわしいお嫁さんになります」

「あ、ああ、それは嬉しいネ」

 以来、レムを娘と呼ぶのは禁句になっている。

 あと、これはよくわからないんだけど、この時にはすでにレムは僕のことを”ご主人様”と呼ぶようになっていたんだ。町で何を学んできたのやら。


 僕は再び考古学者として、遺跡などの調査をするようになった。

 家族のために、頑張って働かなくっちゃね。

 仕事に子育て……なんていうとレムは怒るけれど、とにかく忙しい日々だった。けれど全く苦ではなかった。


 家族と過ごす日々というものは、僕にとってかけがえのないものだ。姿は変わったけれど、レムを失わずに済んで……そしてこうして一緒に生きていくことができて、僕は幸せだ。

 そう。僕たちは2人で生きていく。今日も、そして明日も。ずっと、一緒に。

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