第3話 ユーリとレム(中編)

「うぐあっ!」

 僕は床に転がった。何度も何度も蹴られる。あばら骨が何本か折れたね、これは。

「へへっ、思いのほか手間取らせてくれたが、ここまでだな!」

「よし、野郎ども。ゴーレムを解体しちまえ」

 ゴロツキどもが大きな刃物などを持ってきて、レムを傷つけようとしている。まぁ、そんなものでレムは少しも傷つかないだろうけれど。

「かってえ! なんだこいつ!」

「やっぱり駄目か! ボスはまだ到着しねーのか」


「待たせたな、野郎ども!」

 ゴロツキどもがどれだけ集まっても、何をしようとも無駄だ。レムを傷つけることなんてできやしない。

 しかし――声のした方を振り返り、僕は凍りついた。あれは、まさか。なぜ、あんなものがこんなゴロツキどもの手に。

 ボスと呼ばれるそいつが、新たに引き連れてきた多くの手下たちに運ばせているのは、黒い鉄のような塊。それは……魔王の造り出した黒きゴーレムの右腕だった。

「確かここをこうすれば……動いた!」

 ギャギャギャギャという激しい音を立てて、黒きゴーレムの指先が回転する。レムの左胸を抉った、あの攻撃だ。

「やめロ! オマエたち!!」

 僕は立ち上がり、ゴロツキどものボスに向かって走り出す。

「おっと、てめぇは大人しくねんねしてな」

 ゴロツキの拳が僕の腹部にめり込んだ。息ができずに、僕はその場にうずくまる。僕は自分の弱さを呪った。魔法も使えない僕に、成す術はなかった。レムに助けてもらうこと以外に、この場を切り抜ける方法はない。

 でも、レムを動かせば……。だからといって、動かさなければ、レムは壊されてしまう。どうすればいいのか、僕はわからなかった。迷っている時間はない。それでも僕は……僕は決断できずにいた「。


【マスター】

「レム!?」

 レムの体の中から甲高い音が発せられている。体は徐々に真っ赤に光り輝き、振動し始めていた。


【今マデアリガトウゴザイマシタ。ワタシハマスタート一緒ニイラレテ――幸セ、デシタ】

「レム……一体、何を!?」

 レムがぎくしゃくと動き出す。

「あっちい! なんだこいつ、動きやがる!」

「壊れかけのでかぶつなんざ怖くねぇ! ぶっ壊してバラしてやる!」

 黒いゴレームの手がレムに迫る。


【マスターニ魔法防御壁ヲ付加】

 僕の周りに、淡い光の膜が現れる。


【マスター。アナタハワタシヲ家族ト言ッテクレマシタ】

【ワタシを嫁ト言ッテクレマシた】

【あなたハワタシに“愛”ヲ与エテクレマシタ】

【わたしニ“生きる”意味を教エテクレました】

『私はあなたのために生きることを喜びと感じています』

「だから私は、あなたのためにこの命を使います」

 レムの声が明瞭に僕の耳に届いた。なんていうことだ。ここにきて、レムは……人の心を……。

「レム、これからも僕たちは一緒だ。そうだロ?」

「マスター。私もあなたとこれからも一緒にいたいです。しかし、私にはもう、生き長らえるための方法がありません。だから私は、残されたこの命で、あなたを守ります」

【自爆まであと10、9、8……】

 自爆? 自爆だって!?

「ヤメロ! レム、やめるんだ!!!」

 レムの顔がこちらを向く。表情のない顔だけれど、なぜか僕にはレムが微笑んだように見えた。


 轟音。

 深紅の炎が何もかもを飲み込んでいく。

 視界が赤から白に染まり、何も見えなくなる。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。遺跡は跡形もなく吹き飛んでしまっていた。焼け野原になった中、光に守られた僕だけが残されていた。


 何もなくなってしまった。何も。僕にはもう、何もない。


 

 ――土煙が晴れていく。風の音だけが虚しく鳴り響いていた。



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