エリーゼさんの挑戦!!(後編)
家はエリーゼの魔法で元通り。まるで何事も起きなかったようだ。いや、何事もなかった。見なかったことにしよう。
「包丁の持ち方は、こう。肩の力は抜いて」
「う、うん」
カイルがエリーゼの後ろから、手を握って包丁の持ち方を教えている。
「エリーゼさん、お顔が真っ赤ですぅ」
『未体験による新たな刺激だな。初々しい新妻だなありゃ』
「?」
エリーゼは改めて、ニンジンを切る。今度は力加減が上手くいったようだ。なお、皮はすでにむかれていた模様だった。よい判断だと言えよう。
しかし、次に現れたものもまた、エリーゼにとって未知なる強敵。そして今度は皮つき。でた――ジャガイモの登場である。
(こいつら……まさかカレーライスを作ろうとしていやがるのか!)
マカロンは見抜いた。果たしてどのようなカレーが出来上がるというのだろうか。今から不安で仕方がない。
「皮のむきかたは、包丁をこうやって……こう」
「こう?」
すべてを切り裂く竜巻が、家を細切れにしてしまった。
「ごめ~ん! またやっちゃった☆」
「もう、エリーゼったら。かわいい」
カイルはエリーゼにちゅっちゅした。
……。
もはや何も言うまい。マカロンは感情を殺し、静かに成り行きを見守ることにした。
どうにかこうにかジャガイモがいい感じの大きさに切られたが、次もまた問題児の登場である。目にしみればひとたまりもない。そう、やつだ。タマネギだ。
タマネギとは、鱗茎(節と節の間の短縮した草を支える部分の茎に、養分を蓄えた肉厚のうろこ状に重なる厚い葉が多数、重なって、球形をしているもの)が食用にされる根菜である。
『タマネギが目にしみるのは、その中にふくまれる硫化アリルという成分が原因だ。タマネギを切ることで この硫化アリルというやつがガス化して鼻や目を刺激することによって涙や鼻水でるのだ。つまり、硫化アリルをガス化させない工夫をすれば、鼻や目を刺激されることはない。具体的な方法としては、切りながら水につけていくという手法が一般的だ。硫化アリルは水に溶け、ガス化することを抑えることができるというわけだ』
「マカロンうるさい」
『はい、すみません』
カイルはあえて何も言わずに、エリーゼの動向を伺っているようだ。
エリーゼが皮をむいたタマネギを切る。まさかドラゴンの目にタマネギのあれがしみるわけがない。そんなことを思った矢先のことだった。
どばぁという轟音と共に現れた洪水が家を破壊していく。洪水は海に流れ落ちていく。
「うぇぇん、目が痛いよー!」
「かわいそうなエリーゼ。よしよし」
カイルがエリーゼの頭をなでる。そしてちゅっちゅする。それが目当てか。わざとかこの野郎。マカロンはカイルというもはや、かつての勇者とは思えないデレデレのこの男に殺意を覚えた。しかし、エリーゼに察知されると困るので、再び感情を押し殺す。オレ様ハナニモミテイナイ何モ知ラナイ。
どうやら人間の姿でいるときは、ドラゴンの持つあらゆる耐性を保っているわけではないらしい。
地獄の料理は続いた。フライパンで野菜を炒めるのだが、エリーゼから発せられた灼熱の業火が野菜をフライパンごと……だけでなく家ごと消滅させた。いちいちエリーゼの恐ろしい力を目の当たりにさせられることとなったが、カイルの力がうまい具合に作用し、どうにかこうにか料理は完成するのであった。
「で、できたー!!」
「おめでとう、エリーゼ!! やったね」
「うん!」
――これは。こいつは一体、何だ。オレ様は今、何を見ている。あれはまさか、
「マカロン、マカロン。あの料理って、何ですか? なんか、マグマみたいに赤くてごぽごぽ言ってますですよ」
『白かったハズのごはんが……漆黒に染まってドロドロになっていやがる。光を飲み込む暗黒だ……』
オリハルコンの食器でなければ、恐らく溶けていることだろう。
あれが、カレーライスだというのか。いや、違う。断じて違う。これは全てを滅ぼす新たなる脅威だ。そうに違いない。終焉のはじまりだ。
「初めてにしてはうまくできたよね、カレーライス!」
「うん、上手だよ、エリーゼ」
なんてことだ。やっぱりカレーライスだったのか。
カイル。やめろ。そんなものを口にしたら、いくらオマエでも死ぬぞ。
意識だけのマカロンに止める術はない。オリハルコンのスプーンで、得体の知れぬそれ――終焉のはじまりをすくうと、カイルはためらわずに口に運んだ。
さようなら、カイル。オマエのことはたぶん、忘れない。
「おいしい!」
『えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
「マカロンうるさい。うるさいマカロン」
『だって、だってアレ……えーーーーーーーーーっ!?』
「わたしも食べてみるね」
エリーゼがぱくっと終焉のはじまりを口にした。
「おいしー!!」
『……』
マカロンは絶句した。何と言葉を発すればいいというのか。
そうか。エリーゼはさておき、カイルも毒物とか、そういったものは全く効かない特異体質だった。一切状態異常にはならない上に、一滴でも飲めば即死するような毒液もおいしそうに飲み干すくらいだ。その味覚もかなりおかしい。
というかあれが大丈夫で、タマネギのあれは駄目なのか、エリーゼ。やはりわざとか。わざとなのか。もうやだこの人たち。
「エリーゼ、料理の才能あるよ! これからは毎日、エリーゼの料理食べたい!」
「嬉しい! カイルのおかげよ。ありがとう!」
「エリーゼ!」
「好きっ!」
2人のいちゃいちゃが始まった。
『はぁぁ……ためいきしかでねぇ』
「おうちが派手に壊れたりして、とても楽しかったです!」
『そう、か……よかった、な。そろそろ帰ろう』
「えー! ふたりのいちゃいちゃ見ていきたいです。あれ? 2人ともなんで服を」
『おおおおおおい! おこちゃまは寝る時間だぜ』
瞬間、意識が元の場所へと還る。
「もうおしまいですか? つまんないですぅ」
『……オレ様は疲れた。なんかスゲー疲れた。マジ疲れた』
「ぶーぶー! つまらないんで、なんかお話しするですよ! はやく、はやく!」
『うるせー! 今度話ししてやるから黙って寝ろ!』
「むー! 約束ですよ、マカロン! ぐー!」
『おぉぅ……秒で寝やがった。ちくしょう、今度はオレ様が寝られねー!!』
マカロンの長い夜は、始まったばかりだ。
レオン:「ざまぁ!」
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