きゅうびのキツネさんのおはなし(裏)

 まさかこんな単純な罠に引っかかるとは。どんだけ酒好きなんだ、あの九尾の狐。俺が言えたことじゃないけども。

 あーあ。せっかくのいい酒がみんな飲まれちまう。楽しみにしてたサラマンダーの炎酒まで瞬く間に飲みほしやがって。

 あらゆる酒を飲みほした狐は、べろんべろんに酔っぱらって、踊り、笑いながらゲ〇を吐いている。泣いたり怒ったり……タチの悪い酔っ払いだな。


「レオンさん、今なら魔法も通用すると思いますけど、どうしましょう」

 アイが魔導の杖に魔力を集中させている。

「いや、あれならもう、俺一人で十分だろ。ちょっと行ってくる」

 まともに戦えばかなりの強敵だった。凄まじい魔力はあの四天皇以上。なんたって四天皇の一人を自分の配下にしちまうくらいだからな。

 さらにこいつは、世界で3人しかいない“剣聖”。最強の剣術つかいだ。斬れないものはないとかなんとか。9つの尻尾にそれぞれ名刀を仕込んでいて、それを自在に操る。俺とカイルの連携でも太刀打ちできなかった程だ。アイの魔法とクインの弓術を駆使し、みんなの力でどうにか退けることはできたが、勝機を見出すことができずにいた。


 そんな時、あの狐が酒好きだという話しを聞いた俺は、ルドルフと共にありったけのいい酒をかき集めて、やつの住処であるこの“フジヤマ”の洞穴にぶちこんだというわけだ。もしかしたらいい感じに酔っぱらってくれて、まともに動けなくなれば勝ち目があるかもしれない……という淡い期待だった。それがまさか、こんなに事がうまく運ぶとは思わなかった。

 狐は俺が後ろに立っていることすら気づいていない。

 俺はむんずと狐を抱えた。

「うにょわ? なんぢゃきさまは! わしにきやすくふれるでないわぁ! わしにふれてよいのはわかいぴちぴち男子のみなのぢゃー! わしはわかい男子が大好物なのじゃ! うへへへへへうおえぇぇ」

「このへべれけ狐め……今、成敗してくれる!!」

 どういうわけかこの九尾の狐は今、少女の姿をしているので、どうにも殴りにくい。仕方ないので俺は狐の履いている、やたら短い袴のようなものをめくりあげ、尻を抱えた。そして――べちぃぃん!

「ひぎぃぃぃっ!?」

 俺は狐の尻を平手打ちした。必殺、おしりぺんぺんである。

「や、やめるのじゃ! なに、なにこれやめて……うぎぃぃっ!」

 べちぃぃん! べちぃぃん!

 俺は容赦なく尻を叩き続けた。瞬く間に狐の尻が真っ赤になる。

「いたいいたいいたい! やめ……やめてぇぇ!」

 俺は無言で叩き続けた。尻を叩き続けたのだ。俺の手のひらが尻を叩く音が響き渡る。

「あひぃぃぃん! こ、この……わしを誰だと思うておるのじゃ! わしは、わしこそは東国の大妖怪、九尾の狐、タマモであ……ああぁぁぁっうううう! いたいいたい! やめておしりこわれりゅうぅぅ!!! うええぇぇん! もうやめてぇぇ!」

 ついに九尾の狐は泣き始めた。それでも俺は叩くのをやめない。仲間たちがもうそろそろやめてあげたらと言ってきたが、それでも俺は叩くのをやめない。絶対にやめない。俺の大切な酒を……酒たちをじっくり味わうことなくがぶがぶと飲み干したこいつを許しておくことはできない。それにこいつは、刀の試し斬りといって何百、何千の人間を斬り刻んできた。人間をおもちゃのように扱ってきやがったんだ。今のこの少女のような見た目に惑わされては駄目だ。この程度の痛みなど、こいつにとっては大したことないはずだ。

 狐の尻がだんだんと紫色になる。それでも俺は叩くのをやめなかった。

「あう……あぅ……あぅ」

「レオンさん、あの、キツネさん泡ふいてますけど」

「ん?」

 見ると顔は真っ青で、白目をむいている。

 あれ? 息をしていない。もしやと思い、心臓の音を確かめる。

 ……音がしない。俺は慌てて、狐の心臓のあたりを叩いた。

「けふっ、けふっ」

 狐はすぐに息をふきかえした。

 アイは回復魔法を施そうとしたが、俺はそれを止めた。こいつにはたっぷりと苦しんでもらわなければ。

「う、うぅん」

「よし、目が覚めたか。ならもういっちょ」

「ひ、ひぃぃっ!」

 狐がずざざざざと後退した。そして――。

「ご、ごめんなさいぃ! 許して、許してください! もう、悪さはしません! お願いですから許してくださいぃうぇぇぇえぇぇぇぇん!!!」

 狐は土下座した。地面に頭をこすりつけている。だが。

「だめだ」

「びえぇぇん! うえぇぇぇぇぇん!!」

 狐は泣いた。半端なく泣いた。地面に水たまりができるくらい泣いた。

 さすがにちょっと気が引けてきた。いや、油断しては駄目だ。なんたってこいつは千年も生きる伝説のモンスター。一瞬の油断が命取りになる。

「観念しろ、九尾の狐。東国の人々の無念をその身に受けるがいい」

「い、いやぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」


 俺は再び尻を叩く。尻の皮がめくれてきたらアイの魔法で回復させ、さらに叩く。仲間たちはかなり引いていたが、尻を叩かれているのは強大な九尾の狐だということを思い出し、ただただ俺のしていることを黙って見ていた。やがてそれも飽きたのか、その場に残されたのは俺とアイだけだった。

 やがて狐は魂が抜けたような表情で涙とか鼻水とかよだれとかを垂らし、うんともすんとも言わなくなってしまった。

 さすがの俺もちょっと手が痛くなってきたので、狐をおろし、小休憩することにした。


 狐は放心状態のまま、ぴくりとも動かずにいる。どこを見ているのだろうか。視点が定まっていない。

「ふー。よし、休憩終了。もういっちょいくぜ」

 俺が言うと狐はまた泣き出し、土下座した。地面にこすりつけた額から火が出る。

「お願いします……許して、許してください」

 消え入りそうな声で狐が言う。なんだかちょっとかわいそうになってきた。アイを見ると、首をふるふると振っている。どうやら演技などではなく、本当に参っているらしい。

 仕方ないな。俺は狐のくびねっこを掴んで持ち上げた。

「なら、お前が迷惑をかけた皆に、一人ひとり謝れ。そうしたら許してやる」

「は、はい! 何でも致します!! 何でもさせていただきます!!」

 

 こうして伝説級のモンスター、九尾の狐タマモは俺(たち)に服従した。ジパングにも平和が戻った。タマモは二度と、悪事を働かなくなった。

 この後、タマモは俺たちの旅に同行するようになり、その力を存分に発揮し、敵たちを打ち倒していくのであった。まるで何かのうっぷんを晴らすかのように。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


Q.タマモさん、おしりたたきは痛かったですか?


「うむ、痛いのなんの。あのレオンはすごい馬鹿力じゃろ? 加減なしにやるもんじゃから、おしりが崩壊してしもうたわ。でも、あれじゃの。あれ以来、おしりを適度な力で叩かれると気持ちよいことがわかっての。病みつきになってしもうたわ! 若いぴちぴちとした男子に思い切りぱしぃぃんとひっぱたかれてみたいものじゃのー。あ、レオンが来た! 逃げろ!」




「まてタマ! お前また俺の酒を!! 俺の酒を!!!」

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